更新が止まると、華は忙しいのだ、暑さにやられて気力がないのだ、と思ってください…
または、ブログに書くべき学会に関する事件がないのだ、と思ってもらっても……それはまだ早い。
はい、ご無沙汰しておりました。
短いお話を、ひとつ。

盆であったので、帰省の旅に出てみた。
方角が同じなため、私の実家とどんの実家を順に巡る。
その、どんの実家での出来事。
テレビにイカンザキが出ていた。
もとい、テレビに公明党神崎代表が出ていた。
その話を受けて、いつもの癖で(どういう癖だ)どんの耳元で、「今の話のここがヘンだよ、公明党と学会どーよ話」をコソッと囁いてしまう私。
あーいやいや、とどんは誤魔化そうとする。
それはいつもの我が家の光景。
しかし、ここは我が家ではなく、どんの実家で、向かいのソファーに姑(元祖アンチ)がいた。
そして、姑はほのぼのしながら笑顔で言った。
「まるで、昔の私とお父さんみたいねえ。おほほほほ」
お義母さん!そこでほのぼのしないで!微笑ましい目で見ないで!
当の舅はこの時、地元の祭の準備に出かけていて不在である。
宗教ジャーニーを繰り返した舅と連れ添った一般的日本人宗教観の姑。
酸いも甘いも知り尽くし、宗教喧嘩も倦怠期も乗り越えて、ついでに舅は宗門問題の際に学会から離れて、家庭菜園規模の農業を営みながら、人生をゆっくり送る二人。
そこまで来たら、そりゃ「ああ、私もお父さんにこんな嫌味を言ったわね、お父さんってば誤魔化しながら出かけて行ったわオホホホホ」とお茶を啜りながら思えるかもしれない。思い出話として話せるかもしれない。
が、私には小康状態とはいえ、現在進行形なのである。
姑のように笑って話すには、あと数十年もかかるということなのか。
「へえ、そうだったんですか」
相槌をうちながら、よっぽど、どんの活動で大変な時期がありましたとチクってしまおうかと思ったが、そういうことをすると、姑が激怒してどんを叱りとばしそうだったし、無駄に心配をかけても仕方ないので黙っていた。
まあ、この先も話すつもりはないけれど。

それにしても、アンチ妻の先輩格たる若い頃の姑は、舅とどう接していたのだろう、何を考えていたのだろうと、どう折り合いをつけていたのだろう、いろいろ聞いてみたい気持ちもある。
だが、どんが言うところによると「夫婦間の会話がない時期があった」と言うから、やはり大変だったのだろうと思う。
もうこの年になって、そういう思い出を話したくはないだろうから、聞かないことにする。
相も変わらず、知人に頼まれて取っている聖教新聞がペットの犬たちのトイレに敷かれていることが、全てを物語っているのだが。