妻はアンチ、夫はバリバリ。archive

創価学会員の夫と結婚した創価学会アンチの妻の記録。
創価学会なぞ笑い飛ばす気持ちで。すったもんだの後、
夫は緩やかに非活へ。現在は穏やかな日々。夫公認。更新及びコメント受付終了。アーカイブ化。
※学会員との結婚や交際を推奨するものでも、安心材料となるものでもありません。
※しっかり話し合い、答えを見つけるための参考になさっていただければと思います。

2006年02月

ライダーズ・ハイ

私は何度も確認したのだ。
出かける日が26日でいいのかと、何度も。
どんはニコニコしながら、「この日なら空いてるから、いいよぉ」と答えているので、では良いのだろうとその日の予定は決定した。
その当日の朝。
「あーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」
響き渡るどんの奇声。
ほらみたことか。

ここに、教学試験該当者なのに教学試験日を忘れていた男がいる。

正確には、忘れていたわけではなく、3月だと思っていたらしい。
結婚してバリ度洗脳度が少しずつ落ちてきているのであるが、これほどとは!と思っていたが。
それだけの理由ではない。
まず、この人、もともとナントカ試験には興味が薄いらしい。
「試験なんかさぁ、俺の信仰には関係ないわけ。俺は俺のペースでぇ」と先生や親に反発してみる尾●豊ばりにワルぶった口調で言ってみたものの、日程を間違えて覚えていたのは事実である。
つまり、単に記憶力の問題でもある。
さあ、どうする。さあ、どうするのかな?

背中を丸めて「欠席します」の旨を電話する男、どん。
その電話を切った後、「ま、もともと受けるつもりなんかなかったわけ」と青臭くワルぶって見せる男、どん。
しかし、記憶力が低下していることに些かショックを隠せない男、どん。
私は気を利かして何度も「26日でいいのね?」と確認したんだから。
この日に何があるか知っていて意図的に言わなかった私ではあるが、思い出せなかったどんの自己責任である。
教えてあげる義理は私にはない。
若いバリ学会員の方々は「大事な試験を忘れるなんてムキー!!!!」とお怒りになるかもしれない。
しかし、そんな方々に伝えなければならない言葉がある。
「寄る年波には勝てない」
20歳を過ぎると脳細胞は確実に衰えていく。
君たちが40歳直前になった頃、どんの気持ちが痛いほど、嫌っちゅーほど、泣けてくるほど理解できるだろうと思う。
学会員であろうがなかろうが、人間である以上はそれは平等に訪れるのである。
と、どんの立場を一応フォローしてみつつ。
ちなみに「受けるつもりなんかなかった」とか言いつつ、3月と間違えたまま(仕事の合間にでも試験対策しなきゃな)とか思っていたらある意味お笑いだ。
その辺の本心は、どんにしかわからない(あえて突っ込まないでおく)。

さて、その26日に、どこに出かけたのかというと。
乗馬クラブ。
乗馬クラブの体験乗馬をしに、他市までお出かけをしたのである。
今回は、職場の先輩、姐さん(仮名)も誘って、どんと三人でお出かけである。
どんには、自分で「26日は空いてる」とか言っておいて、他人である姐さんも参加して、一回のレッスンで数千円かかって、しかも乗馬クラブに予約まで入れての予定を、「教学試験なんで?」とぶっちぎるツラの皮の厚さはなかったらしい(むしろこの状況で断ったとしたら、どんの人間性を疑うが)。

きっかけはタウン誌の乗馬クラブの告知である。
それを職場で姐さんと眺めていて、「乗るか?」ということになった。
その「乗るか?」というのをどんに言ってみたところ、どんの食指が動いた。
どんが心を動かしたのは、馬よりも誌面のすみに写っていたマスコット犬らしいのだが。
どんは犬好きだが、私は馬が好きだ。
特に理由がないが、猫の次に好きな動物が馬である。
強いて理由を挙げるとするなら、走る姿や立ち姿が美しいとか、そんなところだろうか。
話は変わるが、実家は明治時代末期に没落した地主らしい(今は普通の勤め人家庭)。
亡き曾祖父が、定番中の定番「大酒と借金の保証人」で財産を潰したそうなのだが、かつてのその繁栄の時代に馬を飼っていた。農業以外に荷馬車で運搬の商売をしていたためである。
古い墓地の中には馬の墓もある。
そもそもが馬と縁があるのである。
ついでに言うと姐さんのご両親の実家もかつて農家で、馬を飼っていたらしい。
そんなわけで、家の歴史的に馬に縁がある二人組が馬に反応しないわけがない(強引)。
昔、友人がオグリキャップ(というか武豊)にはまっていた時期があって、それを横で見ていた影響もあるかもしれないし、実家の近所の酪農家が馬を飼っていて、それを見ていた影響もあるかもしれない。
とにかく、馬が好きなのである。

そんなわけで、1時間ばかりのドライブを経て、乗馬クラブに一行到着。
マスコット犬がお出迎えだったので、既にどんの心からは「教学試験を忘れた」というショックは消えているようだ。
受付を済ませて、簡単なビデオ講習。とはいえ15分ほどのビデオをただ見るだけである。
80年代テイストただようBGMにのせて、まさに80年代の売れないアイドルのような女の子が初心者として登場し、エキスパートの人々に基礎を教わるという内容。
覚えきれない…という姐さんのぼやきに同意。
騎乗の仕方や降り方、用具の名前など、基本姿勢、前進、並足、騎乗体操、速足…見入っているとインストラクターさんに声をかけられる。
「1回のレッスンでここまでやりますからね」
………………逃げるなら、今ですか?

乗馬用のヘルメットなどをかぶり、足にも用具を付ける。
どんはカメラを抱えてニコニコしている。
ここまで来たものの、この男、実は高所恐怖症である。
せっかくだから乗ればという周囲の勧めを断り、ニコニコしながら犬と戯れている。
インストラクターさんにつれられて厩舎を通り、「なんか来た」という馬たちの目線を背に受けて練習場へ。
しばらくして、今日のパートナーである馬が二頭連れてこられる。
昔近所にいた馬よりも大きい。
茶褐色の毛並みに、固い鬣。触ると温かい。
馬を撫でながらも馬に関する質問を矢継ぎ早にあびせる姐さん、無言でひたすら撫でる私。
集団行動する動物だが、人間のように群れの中にも合う合わないがあったり(まさに馬が合うって言うんですよと笑うインストラクターさん)、好みの位置があったり。
数頭まとめて放牧すると、最初はフガフガと馬同士で揉めるらしいのだが、やがてリーダー役割をしはじめる馬が出てきて、なんとなくまとまるそうである。
固くて甘いものが好きだが、甘くても食感が柔らかいものは嫌いで、にんじんは好きだけどバナナは嫌がるとか、お通じを良くするためにヨーグルトを食べさせることもあるけど、嫌がるので一苦労するとか。
なんだかとても表情豊かな馬の話である。

さて、いよいよ騎乗。
ビデオ通りに出来るわけもないのはインストラクターさん側も百も二百も承知の上。
脚立で乗る。優雅さとはほど遠く、よっこらしょ、と騎乗して指示通りに手綱を掴む。
鐙は調節してもらう。
それから顔を上げると…。
高い。私の乗った馬は、姐さんの馬よりも大きく、私の身長も高いので(というか座高がゲフンゲフン)、おそらくは姐さんよりも目線は高い。
上から見る馬の首は以外に細く、鬣には白髪が混じっていた。
興味深くジロジロ見ていたいのだが、目線は前に置かなければならない。
「馬のお腹を蹴ってください」
遠慮がちに蹴ってみるものの、反応せず。
「思い切って良いですよ」と言われて、力を加えて蹴ってみると、パカパカ歩き出した。
リードのような紐があって、それでインストラクターさん二人がそれぞれの馬を操っている。
リードを持ったインストラクターさん達を中心に、二頭が縦列を作って、大まかにくぎった初心者用スペースの中をぐるぐると回る。
馬にはリズムがあります、とインストラクターさんがおっしゃった通り、右・左とリズミカルに歩いている。
それに抗わず、馬に合わせるとのことで、もう、揺らされるがまま。
そのまましばらく馴らした後は、騎乗体操なるものをする。手を回したり、腰をひねったりするのであるが、それが怖いのなんのってアータ!
ただでさえ安定してないのに、片手を手綱から離して回せとか体をひねろとかアータ!
怖々しながら体をひねると、やはり後ろでびくびくしている姐さんが見えた。
どんはニコニコしながらカメラのシャッターを切っている。
その後、インストラクターさんのご無体な言葉が響いた。
「速足にしますねぇ」
笑顔で言うのは辞めてくださいと心をよぎる。
しかしやらねばならぬのである。
しかも、速足の状態で、鞍から立って座ってを二拍子で繰り返さなければならないのである。
一度、馬を止め、立って座っての練習をする。
背筋を伸ばし、足の内側と腹筋に力を入れて立つ。
ゆっくり練習するものの、馬の速さに合わせて動けるのだろうかと不安になるが、そんな不安を余所に、インストラクターさんは笑顔のまま「では、行きますよぉ」、突発的に「イヤイヤイヤイヤ」と言ってしまうのだが、馬は既に走り始めた。
……早いんですけどっ!!ちょっと!!!
インストラクターさんの「1、2」のかけ声に合わせて、立つ・座るを繰り返す。
落ち着け落ち着けイメトレイメトレ落ち着け落ち着けイメトレイメトレ。
暴れん坊将軍やら大河ドラマのシーンを思い出し、自分はあんな風に馬に乗るのだとイメトレしてみる。
後方からは姐さんの楽しんでんだか怖がってんだかわからない笑い声が聞こえた。
にしても、これは相当な運動量である(人が)。
必死に立って座ってを繰り返しているうちに、ちょっと不思議な感覚に支配されてくる。
怖くなくなっているのである。
あんなに高くて、こんなに早くて、怖ええ!と思っていたのに、馬に乗る事が楽しくなってきたのである。
しかも頭の中から、会社のことも仕事のことも消えている。
どんが犬とまた戯れている姿も目に入るものの、この男が学会員であることさえ、というか学会のことさえ頭から消えている。
レッスンが終わる頃には、降りがたい気にさえなっていた。

レッスンが終わって、厩舎に帰る馬を撫でてみる。
顔を近づけると温かな熱気が伝わる。
黒々とした瞳に、私の顔が映りこんだ。
親近感が沸くのは、私が面長だからだけではないはずだ。
たった20分だけで、心が通じたとは思わないけれど、何か通うところがあったのだろうか。
馬にしてみれば「また初心者かよ、しょーがねーなー、乗せてやるか」ぐらいの気持ちではあるだろうが。
その横で、どんは犬と戯れている。
こっちは完全に通じ合ったらしい。

レッスン後、入会しませんかのセールストーク(当然のことながら良い値段しますね、スポーツクラブとかもこんな感じですね、時間も取れる仕事じゃないですしね、悲しいことに体験が関の山ですね…)を華麗に断る。
もし私に宝くじが当たっていたら、もし私が大手企業のリーマンやOLだったらポーンと気前よく入会しちゃうんだろうな。
実は、それくらい楽しかったわけだが、「生活」と「収入分相応」の単語に我に返る。
ああ、生きるって切ない。ああ、不景気業種って悲しい。
入会を考えるなら、まず入会金を貯めてぇと長期戦になるのだが、体験乗馬ならまた来られるぜ!またあの馬に乗りたいぜ!と心の中でグッと拳を握りしめる。
姐さんは「モンゴルで馬…」と違う方向を見ている。
どんは、そのマスコット犬がどんなに賢かったかということを語っている。
三人そろって動物に魅了された一日だった。
これを癒しというのなら、そうなのだろうし、ストレス発散というのなら、そうなのだろう。
とにかく、軽くなった心と筋肉痛の気配漂う身体で、帰途についた。

帰って、デジカメを見てみると、馬にまじって、しっかり犬が納められていた。

この頃の出来事

「質より量」

どんが聖教新聞を取る理由のひとつに「成果主義に苦しめられる新聞長さんのため」というのがある。
「お前さんだけか?」と問うと「他の人の理由は判らないけれど、新聞長さんはどこも大変なのは本当だから」

コミケ会場で売れない(つまらない)同人誌を気の毒に思った友達が買っていくような(なんつー例え)。
で、隣のブースでは有名サークルの面白い同人誌がガンガン売れていると(なんつー例え)。

要は売るためには新聞としての質ではないかと思うわけで。質。
売る人・配る人が頑張っても、商品の質がアレではやはり限界がある。
値段が安くても高くても、商品が良ければ売れる、つまらないものは売れない。
一般社会の流通?経済?消費活動においては当然ではないかと思うのだが、あぁ、一般社会の常識は通用する世界じゃないか。

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「嗚呼、多毛」

髪を切った。
やっと切った。
仕事多忙→休みは疲労回復→仕事多忙→牡蠣に当たる→回復→仕事多忙→行きつけの美容室改装中→仕事多忙、を繰り返し、やっとのことで今日、髪を切った。
ああ切ってやったさ。
ヒデキカンゲキ!から更にさかのぼり、ジュリーとかショーケンのグループサウンズな髪型になっていたこの髪を切ってやったさ。
やっと2006年女子に相応しい髪型になったさ。
とはいえ、そんなに長さを切ったわけではないがすいてもらった為に床には大量の毛。ああ、多毛。

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「世界平和」

ぼーっとテレビを見ていた昨日。
医師でタレントの西川史子さんが出ていた。
彼女自身もご実家もお金持ちということから「(なんでも手に入るので)望むものは世界平和くらい」と豪語。
その言葉に食いついたのが久本雅美さん。
「あたしだって世界平和望んでるわよ!」
あー、そうですねそうですね、望んでるでしょうねえ、そういう建前の宗教でございますからねー。
と、醒めた目で見ていてふと思いついた。
名誉会長って実は「(なんでも手に入るので)望むものは世界平和くらい」とかだったりして。
あ、邪推ですから、邪推。

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「どんの側面」

どんは物持ちが良い。
昔買ったものが今でも保存されている(だからといって部屋に物が溢れているわけでもないのだが)。
そんなどんの物持ちコレクションのひとつが雑誌。1980年代前半から90年代半ばまでの音楽雑誌が残っている。
20年前。1986年の「宝島」6月号。
当時の「宝島」は「ロック、ファッション&ストリート情報マガジン」と銘打っていて、今のそれとはまるで内容が違う。
劇作家のケラリーノ・サンドロヴィッチが「有頂天」というバンドをしていたことを、私はこれで知った。
彼が設立したナゴムレコードというインディーズレーベルのイベント「ナゴムナイト特集」では、レピッシュのメジャーデビュー前の写真が掲載されている。死ね死ね団というバンドでは田口トモロヲがいる。筋肉少女帯の大槻ケンヂは大槻モヨコという名前でなんだか若い。
(どんが「大槻ケンヂは『ビックリハウス声優劇団の一期生なんだよ。……でも似てる人かな?』」とパルコ出版の雑誌「ビックリハウス」の広告ページを見せながら自信なくトリビア披露)
バンドブームで知ったバンドがブーム以前からの活動の姿を見るのは新鮮だ。
今も昔も大御所「佐野元春特集」もある。
この号のどんのお目当ては「坂本龍一・立花ハジメ全国ツアー開始!」と「漫画家・上條淳士特集」らしい。どんは、当時大人気だった「TO-Y」という漫画が好きなのだ(単行本が部屋にある)。
1987年の「ロッキング・オン」7月号。表紙はU2。
どんにお目当てを聞くと、パラパラと開いて「イギーポップとTHE CULTだね」。
「あぁ、今でもカルトだもんね」と返すと、どんは実に嬉しそうに笑いやがった(言われることを期待したらしい)。
1990年「ROCK FILE」vol.8(「バンドやろうぜ」増刊)
これは貰い物らしい。1990年頃になると、私にも当時のバンドシーンとやらの記憶がある。
BAKUとかXとかTHE BOOMとかユニコーンとかイカ天とかホコ天とかKATZEとかBUCK-TICKとかスピッツとかフリッパーズギターとか(みんな若いなあ)。
ここからはもう、どんにはわからないらしい。
この頃になると新しいものを気にするというよりも、音楽の趣味も固定されて、昔お金がなくて買えなかったレコード集めなどに夢中だったという。

それらの雑誌を買っていた当時の日記を読ませてもらったことがあるが、誰もが必ず敬遠するであろう非常に痛く若い青年学会員の姿がある。
と、同時に所有雑誌からは音楽好きの普通の青年の姿も垣間見える。
それから20年たって、世の中と学会に揉まれ、痛い学会員ぶりが落ち着き、普通の青年(中年)のどんがここにいる。

こんなことを書いている私の横で、朝から仕事漬けだったどんがやおらゴソゴソし始める。
THE CULTのレコードを探しだし、満面の笑み。ウキウキしながらレコードの針を落としている。
どんは物持ちが良い。
昔買ったものが今でも保存されている(だからといって部屋に物が溢れているわけでもないのだが)。
そんなどんの物持ちコレクションのひとつがレコ(続きはまた別の機会に)
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