妻はアンチ、夫はバリバリ。archive

創価学会員の夫と結婚した創価学会アンチの妻の記録。
創価学会なぞ笑い飛ばす気持ちで。すったもんだの後、
夫は緩やかに非活へ。現在は穏やかな日々。夫公認。更新及びコメント受付終了。アーカイブ化。
※学会員との結婚や交際を推奨するものでも、安心材料となるものでもありません。
※しっかり話し合い、答えを見つけるための参考になさっていただければと思います。

2005年11月

正々堂々

11月28日の時点では、創価大学サイト内の「入試情報:就職支援・主な就職先企業」には、「(株)ヒューザー」が名を連ねている。
この目で見た。
が、本日、29日では、「(株)ヒューザー」が削除されていた。
この目で見た。

28日に私の「第六感」が珍しく働いてw、サイトを保存しており、そこにはしっかり「(株)ヒューザー」と残っているのだけど、無断掲載はやめておきます。
なんかするだろうとは思ったからサイトを保存したのだが、期待を裏切らない、さすがは創価。
掲載しない代わり、キャッシュが落ちていたので、載せておきます。
現在のサイトと比べてみてください。

↓(株)ヒューザーが残っているキャッシュ。コピペでどうぞ。
http://72.14.203.104/search?q=cache:7GpVvvD2Ay0J:admission.soka.ac.jp/06_career/employment/data04_employment.html+%E3%83%92%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%82%B6%E3%83%BC+site:soka.ac.jp&hl=ja


「主な就職先にヒューザーがある!」と2ちゃんねるのスレッドにレスがあったからだろうか。
変な噂だとか、あらぬ関与を疑われるとか、おそらくそういう自衛策だとは思うのだが。
こそこそと情報を削除して「うちとは関係ありません」を繕う必要があるのか。
何よりも、会社がどうあれ、創価大卒業生が働いているはずだ。
削除することは一見、卒業生を守ることのようにも見えるが、それは違うと思う。
オープンな情報を削除することで、公な関わりをなかったことにし、飛び火を避け、卒業生を切り捨てていることではないのか。
加えて、逆にそういう人々がさも何か関わったかのように思わせてしまうことではないか。
こういう姑息な手を使ってでも、創価学会(関連の創価大含む)はクリーンなイメージを繕いたいらしい。
普段から「学会正義」とやらで、敵対団体や日本を罵倒したりしている手前か?
無理だってば。とっくの昔にクリーンじゃないんだし。
学会正義とやらは、都合の悪いところを消して、繕って、出来るものらしい。

後ろ暗いことがないのなら、正々堂々としていればいいのだ。
正義のために断固として戦い抜けばいいじゃないですか。
いつもはさぞご立派なことをおっしゃっているのに、こういう時はさっさと削除とは。
弓谷氏騒動の時もそんな感じで、しれっと新しい男子部長に代わっていたなあ。

それとも、何?公明党議員も動いたことだし、何かあるの?


この件に関して、どんは「無作じゃない!」と憤慨している。
取り繕うことなく、良いことも悪いことも、ありのままで堂々とするべきだ、とかなんとか。
弓谷氏騒動の時も憤慨していたが、どんは学会のこういう体質が本当に嫌いらしい。

怪しいのは彼らだけか?

結局、誰が嘘をついているのか分からない状態の「マンションなどの耐震強度偽装問題」。
目下、マスコミの標的はヒューザー社長であるらしい。
二転三転発言の果ての「重畳的」条件の提示など、姉歯氏同様、怪しさはこのうえないわけだが未だ真相は闇の中。
ひたすら購入された住民の方々が気の毒である。

ヒヤリ、としたことは事件発覚直後に姉歯氏が発言していたこと。
「安さを追求していく風潮が建築業界にあった」。
このことを、あまり誰も触れない。
扱い方によっては姉歯氏をかばうことになるからだろうか?
かばうことにはならないと思うけれど。
その風潮に彼が結局乗っていたのは現実だから。
我が業界でも吹きすさぶ「安く早く」の風潮。
急かされて連発するミス、おろそかになる校正、結果、誤植の嵐、刷り直しで結局大損害。一番やるせないパターンのミスである。
広告の「安さや早さ」を望んでいるのは消費者ではなく、広告を打つ企業側である。
だが、広告の重要性を知り、それなりの価格で広告にじっくり取り組む企業の方が息は長かったりする。
とはいえ安い値段に合わせたデザインをしても、誤植をしても、人は死なない(誤植は会社の損害ですが)。
これが安い値段に合わせるための安全性基準や耐震性の手抜きになったら。

消費者の要望をはるかに越えた、企業側の一方的で過剰な価格破壊行為があるような気がしている。
風潮の起源は消費者ではないと思うのだ。
ものには適正価格があることを、企業自身が無視しているように思う。
安くて良いものがあるに越したことはないが、安くて良いものを作るのは限界がある。
私は、なるべくその風潮の中でもベストを尽くし良いものを安く早く作ろうとしているのだけれど、それでも自分の仕事につけられるクライアントからの値段にため息をつくことは、もはや日常である。
安く早くを提示されると、品質を落とさないようにひたすら数を捌くことしか利益を上げる術はない。
くどいようだが、その「クライアント」とは消費者ではない。企業だ。
私は自分の手で、自分の価値を下げているような気さえしてくる。潰されるのかも、と夜の会社で思ったりする。
だが、どんなに安くても金銭が発生する以上は、手を抜くということが出来ない。
良いものを作らなければ、競争に負けるのである。
私も、消費者をないがしろにする「安く早く」の風潮の中にいるのだと思う。

と、そんなことを触れつつも。
本題はこっち。

だいちゃんさんがタレこんで下さった「公明党国会議員を通じてヒューザー社長が公表前に国土交通省に担当者と面会していた」ニュースは今日になって読売新聞配信でYAHOOニュースにも出ていた。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20051128-00000307-yom-soci
正確には、公明党国会議員は東京都区議会議員から相談を受け、国土交通省に担当者を教えてほしいと連絡し、段取りをつけたということである。
ヒューザー社長が何を言いたかったのかというと「民間の確認検査会社がずさんな検査をした」と。で、「建築確認は国の仕事で、建築基準法に合わないマンションが出来たのは国の責任だ」と。
…………………えーっと。

この公明党議員は「社長とは面識がないし、献金なども受けていない。地元からあがってきた苦情について橋渡しをしただけ」とおっしゃっている。
地元から、ですか。
……公明党議員の言う「地元」は高い確率で学会員である。何かと公明党議員をあてにしたり仲介をお願いする学会員さんはいらっしゃる。
どんの友人の学会員でも何かにつけ「公明党議員に言う」と口にする人がいる。選挙に勝たせたんだから、という心理が働くらしい。
ある種、権力に媚びない姿勢でもあり結構であるとは思うが、公明党議員は学会員の利便を計るために政治家になるわけではないと思うのだが、違うんですかね?
だが、こういうトラブルに巻き込まれた上に邪推されたりするので、議員をあてにするのは自制したほうがよろしいかと。はい。
陳情をくみ取らない議員はいかがなものか、という話になるのだろうが、この場合「検査会社がずさんな検査をした」と言うのなら、陳情して国の責任を問う前に、しかるべき場所に相談ではなく告発するのが筋ではないかと思うのだが。
トラブル=言い分を信じて仲介をしたら、公表されてビックリ!聞かされていない話がいろいろ出てくること。
邪推=あの人って学会員なのかなあ、とか。なんかイロイロ関係があるのかなあ、とか。なんで自民党に知り合いがいるのに公明党議員なのかなあ、とか。我ながら下世話だなと思ってしまう華の「勝手な」予想のこと。


なんで自民党に知り合いがいるのに、公明党議員を?
そう。元国土交通省長官の自民党国会議員も、ヒューザー社長を国土交通省幹部と引き合わせている。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20051126-00000032-mai-soci
時期としては同時期。
しかし、マスコミに取り上げられるのは、自民党議員ばかりである。
両議員共に偽造であることは知るよしもない事だったろうと思う。ヒューザー社長の言い分を信じていらっしゃったと思う。
それは区議とて地元の誰かとて同じだったはずである。
地元の陳情を受けて段取りをしただけの公明党議員よりも、連れだって訪問した自民党議員の方が、圧力として大きいとは思うし、なにやら具体的な話も出たという。それが問題なのだと思う。
公明党議員は面識がなく、自民党議員の方はヒューザー社長といろいろ繋がりがあるということも、何か意味がありげでもあるのだろう。
だが、問題の公表前に政治家が介入していたということは同じではないだろうか。
YAHOOのニュースで知った私が見たテレビのニュースは夜の報道ステーションだが、その番組でも、自民党議員ばかりを取り上げていた。
仕事の合間に昼のワイドショーを見ていたらしいどんが言うには、どうやら自民党議員に関する報道だったらしい。
だから、私が帰って「公明党議員も仲介していた」と発した言葉に「自民じゃないの?」という返事が返ってきたくらいだ。

真相が掴めないままで、分かりやすく誰かを悪者にしたいマスコミ的には、その二転三転の発言で態度を変えるヒューザー社長は「目下の標的」なのだろう。
個人的に繋がりがあった自民党議員を取り上げるほうが、悪者ぶりに箔が付く。
「方法は違うものの仲介している事実はあるが、公明党議員を下手に触ると創価学会というタブーに触れることになるかもしれない」というリスクを犯すよりは、パーティー券云々と国民に取っては嫌な感じの繋がりを強調した方が、「いろいろな疑惑」を演出できる。そこにマスコミの意図を感じる。
主に広告費の関係で(他にもいろいろ?)、結局のところ力関係は創価学会>マスコミである。マスコミは勝手に学会に気を遣うように出来ているわけで。
叩きやすいところをわざわざ取り上げて叩くマスコミは、いかがなものだろうか。
自民党議員との繋がりを取り上げるなら、公明党議員のことも同じくらい取り上げてしかるべきでは。どこにどういう情報が潜んでいるかは分からないというのに。
まだ、全ての真実が明らかになってもいない。
確かにヒューザー社長は怪しいし対応に不信感は募る。
しかし、マスコミの役目は「誰が一番悪いのか」を「誘導」して「演出」することではないし、マスコミは「正義」でもないと思う。
こっちは一連の問題に関わる建築業者だけでなく、「力関係の強いところには触れない」という報道をするマスコミにも強い不信感なのだが。

一周年

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どっちやねん。


さておき。
本日、11月25日はこのブログの一周年記念の日である。
ビビリながら始めたこのブログも、早一年とは感慨深い。
学校と名のつくところにいた頃から、ずっと日記というものが長続きした試しが無く(夏休み期間が限界)、担任とのやりとりをつづるはずの連絡帳(時間割とか今日の出来事を書いたりする)でさえ、空白が目立っていた。
書くとしたらどうでもいいことばかりだ。
「将来はシティハンターの冴羽リョウみたいなスナイパーになりたい」とか、ふざけたことを書いた記憶がある。先生に本心を明かさない子どもだった…と書けば聞こえがいいのだが、そうではなくて、単に思いつきだったのだと思う。
先生の返信は確か、「それならば、体育をもっとがんばって、体力をつけて運動神経を良くしましょう」とかそんな感じだったような気がする。…素晴らしい先生だ。
とはいえ、誰彼かまわずこんなことを書いていたわけではないはずで、こういう返信をしてくれる先生だからこそ書いていたのだと思う。あの先生とかあの先生とかにゃ書けないってばよ。
※本気でスナイパーになりたかったわけではない。

記事をアップした日付や文章量を改めて振り返ってみると、仕事が忙しい時期とそうでない時期と見事に反比例している。我ながら単純な人間だ。
去年の今頃は暇だったというのが良くわかる。その頃の暇の半分が、今すぐ欲しい。
とはいえ、どうやったって仕事と家庭が優先なので、マイペースにやるしかないのである。
逆に、そうしなかったら一年も持たなかっただろうけれど。

相も変わらず、生ぬるく創価を観察する日々ではあるが、一年前とは気持ちが違う。
具体的に何がどう、と言われても答えられないが、とにかく違うのである。
言うとするならば、逞しくなったのと余裕が出てきたのと。
ブログを始めていなければ、自分の中にある気持ちや情報を見て感じたことを文章化するという作業がなければ、ブログを通して様々な方に出会わなければ、そういう自分にはなれなかったと思う。
ブログを始めなければ、どんとも噛み合わない創価な会話を繰り広げながら、不安なままの毎日を過ごしていたのではないだろうか。
ブログを通して得たことをどんと話してきた。どんも一年前とは違う。
日々、紆余曲折、上がったり下がったりしているけれど、良い方向に変わっていると信じたい。

読んでくれた名も知らぬ皆様、コメントを寄せてくださった皆様、コメント常連の皆様、親しくさせていただいている皆様、学会員さんでも、そうでなくても、関係なく、全ての方に「ありがとうございます」と「これからもよろしくお願いします」を。投げキッスもつけますっていらないですかそうですか。
そう、これからも続けちゃうのである。いつか終わる日がくるのだろうが、今は続くのである。
仕事と家庭の合間だから、暇かそうでないかが一目瞭然ブログではあるが、マイペースで続くのである。
妄信コメンテーターが来ても、荒しが来ても、エロトラバが来ても、晒したり削除したりしながら続くのである。
まあ、いろいろ思うこともあるが、とりあえずは変わらず、学会員の夫とアンチな妻の生活を綴るブログは続く。
逞しく続けちゃうのである。

いつもありがとうございます。
これからもよろしくご贔屓に。

学会歌指揮 警備室ver.

本日、任用試験にて。
どんは試験官だかスタッフ側だか知らぬが、いろいろ準備しており。
何故、宗教に試験がある?!
違和感特大。文字も特大。
勝手な解釈で、人に教学を教えないようにとか、そんなとこだろうか?
試験なんかしてもしなくても、勝手な解釈で好き勝手言っている人はいると思うけど。
や、試験の目的なんて、どうでもいい。
その試験、学会の中でしか価値のないものだし。

-----------
ある日の中心会館での会合。
着任はどん。
着任ゆえに、創価班の会合には出られず。
警備室(?)で音の入らないモニターで会合の様子を眺めている。
(中心会館故にゴージャス設備だが、カメラがあるということは 何 か あった時は映像として残るということか?録画してんのか?)
音のない会合は、妙にコミカルである。
その時、ふらり、と現れたこの日着任の牙城会氏。
どんの背後より画面を覗き込む。
音のない世界だが、動きで何をしているかわかる。
「学会歌指揮!」
一斉に挙手する創価班(主に若手)。
そしてはじまる、独特の学会歌指揮。音を消したモニターからは歌は聞こえない。
代わりに聞こえてきたのは、真後ろの牙城会氏の歌声。
「♪電線に、雀が三羽、止まってた♪」
電線音頭である。伊東四朗扮するデンセンマンが歌うあの音頭である。
指揮の動きに綺麗に見事なまでにシンクロする電線音頭。
まるで電線音頭に合わせたかのような指揮である。
逆。電線音頭を指揮しているようである。
恐るべし電線音頭。デンセンマンは偉大なのだ。
モニターの中では、まさか警備室で電線音頭を歌われているとは夢にも思わない学会歌指揮が続く。
「不謹慎ですかね?」
牙城会氏、歌い終わり飄々と尋ねる。
「いや、良いんじゃないですか」
また、飄々と部屋を去る牙城会氏。
笑いを堪える創価班どん。
何もなかったかのように(実際、何もないのだが)モニターの中で続く創価班会合。

人生には、毒のある笑いも必要だ。

私なんていつも傲慢かましてます

「新しい『わしズム』買ってきて」
『東大一直線』の頃から、どんは漫画家・小林よしのり氏が好きだ(私は好きではない。『おぼっちゃま君』が嫌いなのだ)。
「自分で行けばいいじゃん」
突き放そうとすると、食らいつく。
「だって、近所の書店に女子部がいるから行けない」
「……………」
出せば良いじゃないか、女子部の前で堂々と。
誇りを持って、よしりんの本をレジにどーんと置けばいいじゃないかどーんと。
よしりんが好きだと絶叫して来ればいいじゃないか。
「なんで行けないのよ」
「よしりんの論調がさ…」
その話をまとめると、よしりんの韓国や中国に対する論調が、あまりに学会の方向と違いすぎるのと、その学会の方向の中で育った学会員2世の仲間がよしりんの著書について良く言っていないのと、まあ、学会の中では間違っても良しとされる立場の著名人ではないだろうと、そういうことを気を遣っているということで。
どんが勝手に気遣っているわけではなく、特にくだんの二ヶ国に関しては自分の考えや読んでいる著書を言いにくい空気が、確かにそこに存在すると。
くだらん。実にくだらん。
ここは日本じゃ。思想信条の自由を認められているのじゃ。
「わかったから、自分で行けば?もしくは、余所の書店行けば?」
「余所まで行くのが面倒」
「…………おまえ、よしりんファン失格」
「お願い!買ってきて!」
「……………」

20分後、その女子部とやらがいる書店のレジにどーんと『わしズム』を差し出す私。
学会員どんさんの奥さんは学会嫌いで通っており、私の顔バレもしておらず、私がどんの代わりにそこで『わしズム』を買おうがエロ本を買おうが、問題ないのである。エロ本は買わない。

にしてもさ。学会内世間の目を気にして好きな本さえも買えないなんて。
それって軽く、思想信条の自由を侵されているような気もいたしますが。
ゴー●ンかましてよかですか?
好きなものを好きと言えない空気がある。組織の論調と異なる事が主張できない。
そこに日本人としての自由はあるのかい?
ああ、日本人である前に学会員でいろとか言いそうだもんね。


ところで(こっから話は変わる)。
聖教新聞では、学会員個人の方々がどういう賞をもらったか、よく掲載されている。
それこそ、未来部の子ども達から、学園の部活動や大学のサークル、団体の活動から、一般の学会員個人の仕事や趣味まで。
嫉妬日本とは言うが、日本のスポーツや芸術や数学・化学などの諸団体は、コンクールや競技大会を行い、努力して優秀な結果を残した人をちゃんと表彰している。
もちろん宗教など関係ない。
誰も学会員に嫉妬していない。
正当な努力の結果には、正当な評価。ああ清々しい。
一般の学会員さん達は努力によって結果を出し、評価され賞をもらい、トップの名誉会長は国内からは何ももらえず聖教新聞で「嫉妬日本」と息巻く。
だから日本は嫉妬なんかしてないって。学会員さん達、ちゃんとがんばって日本でも評価されてるじゃん。ね?
本当に嫉妬してたら、宗教差別するつもりなら、一般学会員さんは賞なんかもらえないし。ね?
ね?
ね?

何か、足りないんじゃゲフンゲフン
努力とか。才能とか。胡散臭いイメージ払拭とか、寄付金とか、ヨイショとか、論文とかゴホンゴホン
……誰の話だっけ。

アタクシ?
こないだ、小さな映像コンテストでささやかな賞をもらいました。
もっと頑張ります。ゴホンゴホン
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