妻はアンチ、夫はバリバリ。archive

創価学会員の夫と結婚した創価学会アンチの妻の記録。
創価学会なぞ笑い飛ばす気持ちで。すったもんだの後、
夫は緩やかに非活へ。現在は穏やかな日々。夫公認。更新及びコメント受付終了。アーカイブ化。
※学会員との結婚や交際を推奨するものでも、安心材料となるものでもありません。
※しっかり話し合い、答えを見つけるための参考になさっていただければと思います。

2005年10月

季節の変わり目注意報

「所さんの笑ってこらえて」の吹奏楽スペシャルを見て号泣して、旅行記を書いていたら調子が悪い。
熱を計ったら、あらま。微熱ながら、発熱中。
ということで、コメントレス&旅行記はもうしばらくお待ちください。
(旅行記、結構時間がかかってますが、京都嵐山全行程3泊4日なもんで、時間がかかるのはご容赦を。そろそろ通常営業のネタも探しつつ)
とりあえず今から寝ます。心配ご無用!寝たら治ります。
季節の変わり目、皆さんもお気をつけてお過ごしください。(というか、気をつけるのは自分でした)

華の車窓から  vol.2 熊野古道でへばり、白浜で泣く。  その弐

vol.2 その弐(その壱から読んでね)

●パラダイスへようこそだぜ(byディラン)
高野山には身を律するような厳しさを感じるけれど、熊野古道は「柔らかさ」があるうな気がする。それぞれ遙か昔からの聖地ではあるのだが、熊野は来る人を拒まなかったというところからも、どこか土着的人間的な感じもする。
そんな柔らかさに包まれつつも、自然は当たり前に厳しく、ヘロヘロになって本宮に帰り着く二人組。
ちょっと一息いれて、土産屋さんで「ヤタガラス地ビール」なるものを購入。もちろん、持ち帰って自宅で飲む用のもの。旅はまだ続くのである。
午後3時前、大鳥居を左手に再びレンタカーでドライブへ。にしても便利だカーナビ。現地到着予想時間もルート案内もルート変更も。どんが本気で購入を考えているようだ。方向音痴などんと、方向感覚や帰巣本能が鋭いものの指示を出すのがいつも遅い私のコンビには必要な道具だと思う。
これから私たちは白浜町へ向かう。今夜の宿は白浜温泉。清水の舞台から飛び降りたゴージャスプランが私たちを待っている。
夕刻、白浜町に入る。レンタカーとはここでお別れ。ガソリンを入れ、燃費の良さに感動しつつ営業所にレンタカー返却(乗り捨てプラン)。ありがとうレンタカー。さようならレンタカー。
営業所からホテルへ送迎していただき、本日の行程は終了。そんな私たちをパラダイスが待っていた。
「おおおおおお!」
広い部屋。いいんですか?いいんですか?いやそれなりの金額は払ってますけどいいんですか?ついぞさっきまでのストイックな気分はどっかに行く。弘法大師さんスミマセン、熊野の神様スミマセン、所詮私たちは俗物なんです。
窓はオーシャンビュー。台風の影響で波は強いものの。美しい夕焼けに照らされた太平洋。
ストイックの後はゴージャス。いいんだ、いいんだ。普段が貧相な生活してるんだから。こういう時間を楽しむために、私たちは働いているのだフォーーーーーー!
海を少し散歩する。砂が白い。だから白浜なのかと納得。今更何をw
それから大浴場にて、ゆっくり足をほぐす。昨日と今日と歩きずくめだったし。さっき体重計に乗ってみたら体重が落ちていた。高カロリーな食事は取らなかったし、運動したし、オススメですよ、気分もリフレッシュして厳粛な気持ちになれる世界遺産ダイエット。ダイエットって言葉がつくと途端に俗っぽくなるな…。
しかしこの後は高カロリーな食事が待っている。ああパラダイス。
海を見ながらの露天風呂も満喫し、汗をキレイに洗い流した後はいよいよお楽しみの食事である。

泣いたね。こんな美味いもの食べたことないね。どうしよう、宿のランクが落とせないじゃないか!贅沢を覚えちゃったじゃないか!お父さんお母さんゴメンナサイ。いつか連れていきます。宝くじがあたったら必ず。
食前酒からデザートまで。唸りっぱなし泣きっぱなし。詳しくは写真を見てください。
とにかく、私とどんは、今まで食べた中で一番美味しい食事に出会ってしまったのである。頑張って働こう。そしてまたここにこよう。太平洋の荒波に伊勢エビの殻に、固く誓った。

食後、部屋で休んでホテルのバーへ。なぜかBGMはピアノの自動演奏のアニメソング。フランダースの犬・ハイジ・ナウシカ・ラピュタ・トトロと続く。そんなBGMに揺れるカクテル。…何かおかしくないか?
アニメソングとカクテルな大人の夜を堪能した後は、どんがどうしてもと言うので遊戯場でメダルゲームをする。そのメダルゲームの機種がどんが子どもの頃遊んだものと同じらしい。
「デパートの屋上にあったんだよ」
嬉しそうにお金を入れてゲームに興じる。どんは幸せそうだ。
部屋に戻って少しテレビを見る。相変わらず万博関連のニュース。時期的に閉幕直前なので無理もない。行こうという気にはならなかった…前言撤回。ネットで噂だったリトアニア館は行きたかったかも。
テレビを消してふかふかの布団で就寝。
ストイックな夕べと、ゴージャスな今夜。どっちも良いなあ。豪華なホテルでも場末の安宿でもどこでも楽しめる大人になりたい。
薄明かりをつけてどんは司馬遼太郎の本を読んでいる。私は波の音と薄明かりの中で眠りに落ちた。

●白浜最高
6時半起床。全行程早起きで通す、その3日目。目的は朝風呂。夜と朝と男湯女湯入れ替わるので二度美味しい。
早すぎて人が少なく、10分程度貸し切り状態になる。温泉で身体をほぐした後は朝食へ。
朝食もこれまた豪華で(写真参照)。オレンジジュースがビックリするほど美味しかった。
多分、高野山と熊野古道で落ちた体重をしっかり回復した。ううむ。
食事後、とろとろするどんをせき立て荷物をまとめ、土地の名産などを購入してからチェックアウト。
必ずここに戻ってくる。絶対戻ってくる。そのために働くぞ、おー!
ホテルの前でタクシーに乗る。電車の時刻まで余裕があるので、円月島へ回ってもらう。台風の影響はまだまだ。強風の中、運転手さんに記念写真を撮ってもらい、白浜駅へ。
命の洗濯とはこういうことを言うのだろうか。高野山・熊野古道・白浜と、心身についた錆やストレスがそぎ落ちていくような感覚。もちろん疲れているけれど、心地よい疲れだ。
旅は良い。どんの顔もいつも以上に弛緩している。

白浜駅から特急くろしおで大阪を経由して京都へ。1本早いくろしおが丁度来ているので、それに乗ることにする。緑の窓口で指定席の切符を1本早いくろしおに変えると、発車時刻直前。さて改札に、と一歩踏み出すもどんがいない。
あたりを見回すと、ほわんとしか顔で、別のところに行こうとしている。どうやら興味のあるポスターを見つけたらしい。
焦って大声で呼ぶと、関係ないオジサンが振り向いた。どんは何故私が怒ったのか理解できないという顔で私を見る。急いで!という声でやっと時間がないことに気づいたらしい。一本早めようって言ったばっかりなのに。乗り込んで席について間もなく、くろしおは走りはじめた。
前回も軽く予告しているが、どんのマイペースぶり・人の話を聞いていないぶりに、そして私の説明不足に不穏な気配。その気配ごと、私たちは次の目的地、京都へ。

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1.ホテルの窓より。波が荒い。
2.夕焼け。
3.円月島。

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4食目 熊野本宮大社の茶屋で蕎麦とめはり寿司(写真なし)。
5食目 白浜のホテルの夕食。ゴージャス&デリシャス!!!
6食目 白浜のホテルの朝食。夕べの伊勢エビの殻がみそ汁の出汁になりました。

vol.3 京都編へ続く

華の車窓から  vol.2 熊野古道でへばり、白浜で泣く。 その壱

ドライブは快調だった。
細い山道の真下が雲海だったことと、通る予定だった道が通行止めでカーナビ再設定にしばらく苦戦したことを除けば。
助手席側に谷があれば、私が奇声をあげ、運転手側に谷があれば、どんが悲鳴をあげる。
そんな山沿いの村をいくつも通り過ぎ、車は進む。
次の目的地は長い熊野古道のうちの本宮町付近。
奈良県と和歌山県の県境を出たり入ったりしながら、十津川村経由で熊野三山のひとつ、熊野本宮大社を目指す。
集落の多くが澄んだ水の流れる川沿いに点在する。
自分たちの古里を彷彿とさせるその光景は、懐かしくもあり、またその古里よりもスケールも大きく山深く、雄大だ。
歴史の表舞台に度々登場する「十津川」の名前。そのただ中にいることで、どんはまたしても嬉しそうである。
「……俺、十津川メインでまたここに来たい」
何度か呟いていたので、今度はゆっくり訪れることがあるかもしれない。
途中、通行止めに何度か出会い、迂回をしながら走ること数時間。イカンザキポスターも数枚。見ていない。私は何も見ていない。
多少、平地の面積が広がり、川も広がり、民家も増え。
いろいろと賛否両論あるという大きな鳥居がちらり、と視界に入る。
昼頃、無事に熊野本宮大社に到着した。
駐車場に車を止め、大社入り口のお茶屋さんで私は蕎麦を、どんはめはりすし(五目寿司?を葉で包んである)を食べる。壁に、NHK朝ドラのロケ写真が飾ってある。特に気にせず熊野古道のルートの確認。
長旅なので、下調べは前半がどん、後半が私と分担していたが、熊野古道だけは、どんはルートのみ調べていた。
迷子になりたくなかったと思われる。また、見知らぬ土地を歩くのだから、それくらいは当然と言えば当然だが、そのルート以外は調べてはいなかった………。
思い返せば、余裕を持って旅支度をするように、と言い置いておいた旅の前。案の定、出発当日朝になっても準備が怪しく右往左往していたね……。いい。いいんだよ、どん……。君がそんなだから、君とは言語の通じない海外になんて恐ろしくて行きたくない(私は海外に行ったことがない。旅慣れは国内限定)、自分がしっかりしなきゃと慣れない海外で孤軍奮闘する自分の姿は見たくない、そんな気持ちはそっとしまって君には伝えないけれど、ネットで大々的に発表しておくことにするよ。ふふ。

●神様がたくさんいる。
まずは参拝から。大社の石段を登るのに既にへこたれ気味の私。日頃の運動不足が祟っている。
どんは意に介さず登っていく。運動していないのは奴も一緒なのに…。
登り切った達成感で、もう古道は歩かなくていいやとか思った私はダメな現代人です。
さておき、宝物殿はお休み。残念。
そして本殿には神様がたくさんいた。
左のお社から第一殿に熊野牟須美神[千手観音]と事解之男神 、第二殿に速玉之男神[薬師如来]と伊邪那岐大神、第三殿に家津美御子大神[阿弥陀如来]、第四殿に天照皇大神[十一面観音]。([]内は本地仏。本来の姿という意味だそうです)
時間がなく寄れなかったのだが、元々お社(明治の大水害の後に現在の場所に移転している)があった大斎原にも8人の神様が祀られているらしい。
うーん、参拝の順番はあるはずだ。あるはずだが、第一殿から順番に参拝。後で調べたのだが、やはり順番があったとのこと(主祭神の第三殿を最初に、第二、第一、第四の順だったかな?)。
このあたりの下調べは私がしておけば良かった。
興味津々とか言いながら参拝しない人間は、こういうことまでは調べない。時間がないのを理由にどんに任せなければ良かったなあ、と後悔。旅行記のために調べれば調べるほど、興味ある話題がざくざく。あーあ。ダメじゃん私。
そんな参拝しない人間、どんは神妙な顔を保ちつつ、境内の隅にある和泉式部の碑を読んでいた。
『生理になってしまい「ここまで来たのに詣でられない」と落ち込む式部の夢に熊野の神が出てきて「そういうの気にしないからおいでよ」と言った』というお話だそうで。それが史実なのかどうかはわからないが、女人禁制が主だった山岳信仰の中でも、熊野は女性の参拝を禁じず積極的に受け入れていたとのこと。いいね、いいね。
それぞれお社の前には行列が出来ていてちょっと不思議な光景である。変な例えをすると、野外ライブの物販スペースでの行列みたいな感じ。
参拝を済ませて、いよいよ熊野古道を歩くことに。

●現代人、へばる。
予定では、本宮からバスで発心王子まで行き、そこから本宮大社を目指す予定だったのだが、バスの便が悪く、本宮から伏拝王子まで歩き、引き返してくることに。
…………………きつかったね。
風にざわめく木々、揺れる木漏れ日、澄み切った空気、へばる私。
「昔の人ってすごいよなあ。ここをずっと歩いていたんだもんなあ」
どんが汗を拭き拭きのんびり言う。その後ろで、私は汗をダラダラ流しながら黙々と歩く。
「どん」
「何?」
「押して」
「無理」
苔むす石畳も、景色も、目の保養にはなれど体力回復には至らない。
現代日本の若者がヒイコラ歩く中で、すれ違う年配の皆様は元気だ。……高齢化社会に足を突っ込んだ日本、経済的・体力的理由で介護する側が倒れるという現象が起こると懸念されているが、本当だと思った。って鍛えていない私がいけないんだけど。
1時間ほどかけて三軒茶屋跡まで辿り着く。ガイドブックには20分とか書いてあったのに、茶屋の看板には40分と書いてあった。うそつき!
結局、三軒茶屋跡で引き返すことに。通過した王子は祓戸王子のみ。
後半、同じようにへばったどんが呟く。
「昔の人ってやっぱスゲエ」
さて、歩いているといろんな人とすれ違う。
どちらともなく「こんにちは」という声がかけられる。
とても爽やかな光景であるとともに懐かしさを覚える。
私の地元はとても人口の少ない過疎地だ。保育園の頃から、園への行き帰りの過程で出会う人に挨拶をした。名前を知らなくても挨拶をしていた。みんなそうだった。小学校、中学校と進んでもその習慣は変わらない。多分、今でもそうなんだと思う。
私の兄弟なんぞは、それが全国的な習慣なんだと信じて疑わず、買い物で隣の市に行っても挨拶をして不審がられていたらしい…。
確かに全国的な習慣なんだと思うが、それは学生・児童限定だろう。すれ違う見知らぬ人と挨拶を交わすことなどもう随分なかったなと、しばし郷愁に浸ってみる。汗にも浸っているが。

vol.2 その弐へ続く

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1.熊野本宮大社入り口
2.既にバテ気味になった石段。
3.キャッチコピーは「蘇る日本!!」だそうです。
4.熊野古道に足を踏み入れると、いきなり絵に描いたような景色。
5.三軒茶屋跡。
6.道は険しく人生も険しい。
7.三軒茶屋跡にある石の標識。右に行くと高野山。
8.唯一参拝できた祓戸王子。

華の車窓から  vol.1 学会員どん、高野山に立つ その弐

vol.1その弐(その壱から読んでね)

糸が張りつめているようで、でもどこか暖かな、不思議な空間を後にする。
誰もいない時に来たかった、というのは自分たちのワガママなのだろうなと思う。
自分たちも観光客に過ぎないのだから。
にしても、山の上の宗教都市、高野山。
ここは宇宙だ。何がどうなって宇宙なのかは説明できないけれど小さな宇宙なのだ。とにかく小宇宙なのだ。なのだったらなのだ。

もう、夕方になっていた。
駐車場に戻り今夜の宿である宿坊へ向かう。
宿坊の駐車場に駐車、入り口へ向かうと、当然だがお坊さんに出迎えられる。
こちらで、と抹茶の接待を受けたのだが、螺鈿細工の調度品で落ち着かない。
部屋に通されてやっと安心する。一見、普通の和風旅館の部屋だが、備え付けの仏教教典があったりする。
どんはお守りご本尊を取り出し、題目をあげている。学会員である。
美味しい精進料理を食べて、お風呂に入る。宿泊客が少ないせいか、お風呂が貸し切り状態。ゆっくり疲れを取る。ああ、良く歩いた。
疲れているのに、未だ興奮する脳味噌のまま、就寝。


●誠実
早起きだった。早起きしなければならない理由が、そこにはある、早朝勤行。
旅行代理店の人は「座禅とかはないですよ」と言っていた。確かに座禅はなかったが、勤行はあった。
宿泊客、原則全員参加。どうするどん?!どうなるどん?!
「出るの?どうする?」一応、どんの立場に気を遣って聞いてみる。
「出るよ」とあっさりした返事。違いの分かる男は、空気の読める男。ところでなんの違いが分かるのだろうか。
そこで事件が起きた。
朝のお勤めの最中、宿泊客の高齢の夫婦が、大きめの声で私語を始めた。その後も無礼な態度をとり続ける。
そんな中、彼らに向けて、強い怒りの感情を持った人間がいた。
どんである。ちらり、とどんを見ると、どんは顔を真っ赤にして、その無礼な夫婦を睨みつけている。
例え違う宗派であっても、仏を侮辱するものは許せない、そういう顔をしている。
どんの気持ちはわかるのだが、彼らと同じステージに立つ必要はない、と私は諫めるようにどんの腕を掴んだ。
ご住職の話が始まっても、その夫婦の態度は改まらなかったが、ご住職はゆるり、と大人の余裕で気にも留めないようにその夫婦の事を流して話を続ける(ご住職の話自体は、話題に富んでいて面白かった)。その夫婦はそれが気に入らなかったらしく、終始、私語は止まなかった。
それこそ修行を積んで、住職として宿坊の主人として、毎日いろんな人に話をしてきたご住職の余裕も流石と思う。でも、素直に怒りを向けるどんも、「仏教者」としての誠実さ故なのだろうと思った。
どんはいい男なのだ。違いが分かって空気も読めて誠実な、いい男なのだ。
勤行後、堂内を見学させていただく時も、位牌をのぞき込んだり仏具に触ろうとしたりするその夫婦を、出来るだけどんの視界に入れないように、どんの腕を掴む。そうでもしないと、一言もの申しそうだったからだ。
もの申させておけば良かったかもと思いつつも、争い事・恨みを買うようなことは避けて欲しい。例えどんが正しくても相手はそうは思わないだろう。
その後、部屋で朝食を取りつつも、どんの怒りは収まらない。「ああいうのはね、誰かが言わなきゃいけないんだよ!」それをなだめつつ、咀嚼しつつ、朝から忙しい私。
「にしても、珍しいよね。あれくらい年配の夫婦なら信心深くてここに来ていると思うんだけど」そういうと、どんが言った。
「観光目的の学会員かもしれない」
「………わざわざ?」
「いるんだよ、わざわざ寺まで行って坊さんに法論挑んで喧嘩する学会員」
「…………(アホや)」
「やっぱり、それも含めて聞いてみたい、どういうつもりかもの申したい」
「堪えてくれよ…」
「いや、出会ったらわからないよ」
「もう好きにどうぞ…」
結局、その夫婦とは以後出会うことはなく、学会員かどうかを確認することなく、チェックアウト。
ご住職の飄々とした挨拶に見送られ、私たちは高野山を後にした。
ところで、その早朝勤行では焼香があった。
どんは避けることなく焼香に挑んだ。宿泊客の誰よりも、きびきびした態度で焼香したどんがその最中、心の中で唱えていたのは、勿論、法華経。
違いが分かって空気が読める男であるどんは、学会員でもある。
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1.特急こうや号。
2.お出迎えしてくれた、かの少年。載せて良いのだろうか?と思いつつ、とりあえず載せてみる。ぐわっし。
3.大門。鮮やかな朱赤。
4.壇上伽藍の金堂。中では法会が行われていた。
5.撮影していいのだろうかと思いつつ撮影してみて、載せて良いのだろうかと思いつつ、とりあえず載せてみる。御社の前で読経するお坊さんの一団。
6.金剛峰寺。
7.金剛峰寺。少し紅葉していた。
8.奥の院の右側の入り口。正面から入ってここから出てきた。
9.「くつろいでください」と言われてもくつろげない螺鈿細工の椅子。


高野山で食べたもの。
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0.5食目 鯛・鮭・鯖の柿の葉寿司(写真なし)
1食目 食堂の炊き込みご飯。小さい釜で焚いたものが一人分。お焦げが美味しい。ごま豆腐も美味しい。(写真なし)
1.5食目 抹茶ソフトクリーム。奥の院の右手を出てすぐにあるお店で。(写真なし)
2食目 宿坊での夕食、精進料理。ごま豆腐はこっちのほうが美味しかった。ちなみにお酒も出るが私は飲まなかった。(写真01)
3食目 宿坊での朝食。結構な量。(写真02)


vol.2 熊野古道編へ続く。

華の車窓から  vol.1 学会員どん、高野山に立つ その壱

vol.1その壱

南海電鉄難波駅、こうや号の中は、若干年齢層が高い。
違う国の人の姿もチラホラ。
んふ、と、どんが笑った。嬉しそうである。
この男、聞けばかつて仏教系の大学を希望していたらしい。
もちろん学会員になる以前の、高校生の時の話。
何故と聞くと「興味があったから」。そもそもが仏教フェチなのだ。
そんな仏教フェチが血湧き肉躍らせる旅が、ここから始まる。
行き先は、高野山
真言密教の総本山。弘法大師のお膝元。
それぞれの実家の近所に御大師様を祀る祠があり、毎年小さなお祭りがあったなかで育ってきた私とどんにとっては、原風景の源であり、実家の宗派やどん自身の信仰以外で、一番身近な「仏教」なのではないかと思う。
そんなことを考えているのか考えていないのか、どんは嬉しそうである。

そもそも「世界遺産」の番組で高野山が取り上げられているのを見てから、どちらからともなく行こうと決めた。取るべき休みも貯まっている。新婚旅行とやらにも行っていないことだしせっかくだから関西を中心に世界遺産を巡る旅に出ようということになったのである。
フルムーン?という周囲の方々のツッコミはすべて無視。
日本の世界遺産と言うと、神社仏閣を含んでいる。どんの鼻の穴は興奮のために大きくふくらんだ。仏教+神社仏閣フェチでもある。古い建築も大好き、雄大な自然も大好き。ああそんなどんの希望を満たす旅行を企画するなんて、私ってばなんて優しい妻なんだ。
そんなこんなで旅行代理店に駆け込んでいろいろセッティングの後、今日の佳き旅立ちを迎えたという次第である。
新幹線と地下鉄を乗り継ぎ、南海電車難波駅までやってきた。
そしてこうや号に乗り、一路、雲の上の宗教都市、高野山を目指すのである。

●ぐわっし
郊外の風景はどこも同じなようで違う、具体的に何が違うかはわからないけれど。そんなことを思いながら、橋本駅で下車。
本来ならこの電車に乗り終着駅に着き、ケーブルカーに乗り換え高野山に登れるのだが、この後の行程があるので、私たちはここでレンタカーになる。
その橋本駅で、思いも寄らぬ人に出迎えられた。
「ぐわっし」どんが指さした先にいる、小柄な少年。「ぐわっし」答えながら、取りあえずカメラを構えシャッターを切る。「ぐわっし」とシャッター音。
そこにあったのは楳図かずお氏の漫画、まことちゃんの像。
(後日調べたところによると、楳図氏はこの近くのご出身で橋本も縁の土地だそう)
ここで、小腹の空いた私が柿の葉寿司を購入。
まことちゃんに見送られ、タクシーでレンタカー営業所へ。これから2日ほどお世話になるレンタカーに乗り換える。運転手はどん。カーナビの指示を聞きつつ、関西のFMにチューニングをあわせつつ、高野山へドライブとなった。

●山中のミュージシャンヒストリー
どんがいらないと言うので、一人で柿の葉寿司を食す。鯛と鮭と鯖の柿の葉寿司。いいねえ、これぞ旅行の醍醐味だねえ。美味しい食べ物、流れる景色。
突然、どんが聞いてくる。
「俺のは?」「自分でいらないって言ったよね」「……」
人の話を聞かないどころか、自分の話も覚えていない。このどんの欠点で大揉めする話はまた後日。
車は軽快に山中を走る。その間、イカンザキポスターを4枚、はまよっちゃんポスターを1枚ほど見かける。見なかったことにする。見ていない。私は何も見ていない。
慣れない車とカーブする山道で、少し酔いかける。
どんが車酔いには何か話をすると良い、と言うのでどんのリクエストに応えて何故か私の好きなミュージシャンの歴史を語る羽目になる。
メンバー同士の出会いから始まる約17年に及ぶ物語は、高野山に着く頃に無事に終わった。もちろん、とても端折った。

●「そこは宇宙だった」
どーん、と大門に迎えられて、私たちは高野山中心に入った。
もちろん出迎えてくれたのは渡哲也ではない。途方もなく大きな門がそこにあったのである。
「すげえ」とひたすら呟くどんに、駐車場を探す私。この役割分担は旅が終わるまで続く、むしろ日常がそうなのだが。
いくつかある無料駐車場に駐車。無料だなんて、なんて親切なんだと都会暮らしがむせび泣く。
時間は午後を回り、本格的に空腹。一度、歩いて大門まで戻り、近くの食堂で釜飯を食すことにする。
すぐにできるという地鶏釜飯を注文。炊きたてを食べる。添えられた名物ごま豆腐も美味。
食堂のテレビではワイドショーが愛・地球博特集をしている。万博には一度も興味を持たないままだった。もちろん行っていない。

食べ終わると大門から見学。
近くまで行くと、でかい。ひたすらでかい。大きさに圧倒され「いや?、たまらんねえ」どんが嬉しそうに笑った。※この人学会員ですよ。
大きさは約41メートル。過去に焼失しているので、現在はちょうど300年前の1705年再建の建物なんだそう。
さらに圧巻なのは、その大門よりも高い木々。樹齢なんて検討もつかないが、彼ら彼女らに比べたら、私なんて私なんて………orz
続いて徒歩で壇上伽藍へ。この夜に宿泊した宿坊のお坊さん曰く、高野山のメインは本当は伽藍なのだが、高野山を訪れる人の一割程度しか訪れないのだとか。皆、金剛峰寺や奥の院に行ってしまうとのこと。
そんな壇上伽藍。ガイドブックによると「境内の建造物の配置は曼陀羅世界を表している」んだそうで、どんの鼻の穴が再び大きく膨らむ。それでも伽藍に漂う厳粛な空気の中では興奮を抑えつつ、興味深げにあちこち見学している。
ちょうど法会をしている時で、金堂の中に無料で入れるとのこと。入り口で焼香をして中に入る。
ちなみに焼香の際に手にこすりつけた香(清めのため?)からはスパイシーな匂い。これはカレーの……。
後でこの旅行記を書くために調べていて知ったのだが、金堂の薬師如来は高村光雲作だったらしい。雰囲気に飲まれてちゃんと見てなかった、ああああ惜しいことを…。
お坊さんたちが読経する中を隅っこで見学。独特の空気に圧倒されるアンチ学会&学会員夫婦。小さい。私たちって小さい…。
複数の人間が読経をすると、音程が違うのでハウリング?状態になりウネウネとした波長が耳の奥で鳴ったり、中途半端にハモっていたりするのだが、ぴたり、と音程の合ったお坊さんたちの読経の声は、乱れることなくあたりに響く。
しばらく聞き入ってると、金堂の外からも読経が。中の読経と外の読経と、お経の種類が違うのだが、なぜか不思議なハモリとなって、響いている。
なんだろう、と外に出てみると……。
「!」
数十人の若いお坊さんがきれいに列を作って金堂の前で読経をしている。黄色い袈裟が鮮やかで美しい。
突然の光景に「ほぇぇぇ」と二人揃って間の抜けた声をあげる。
ところでお坊さん達の眼鏡率が高い。国民に二人に一人は眼鏡かコンタクト使用と聞いたことがあるが、高野山まで来てそんなことを実感する私。
般若心経をはじめ、数種のお経をあげると、お坊さんの一団は次の建物へ。壇上伽藍の全ての建物を回り、読経をしているようで、距離をあけてその後ろを遠慮がちにどんがついていく。そのどんの後ろを私がついていく。
ところで、伽藍の中には御社(みやしろ)という1522年に再建された神社がある。神仏習合の風習だろうか、高野明神が祀られているというその御社の鳥居の前でも、お坊さんの一団はお経をあげる。
明治の廃仏毀釈を、高野山はどうくぐり抜けてきたのだろうか。
少し話はそれるが、ネットで調べてみたら、やはり明治初期から一時期、政府によって神社に変えられてしまったそう。しかし十数年後には寺に復帰したとのこと。
神社の前でお経をあげるという光景は、私にもどんにも初めてで、しばし見入ってしまう。
私たちはそういう宗教的土壌にある国に生まれたのだと、実感する。
「どこぞとスケールが違うねえ」と、どんに嫌味。
「これは文化で俺らは信仰」と、どんにしては激しく的のはずれた返事を返してきたので、「何言ってんのよ。お坊さんは観光イベントで読経してるわけじゃないじゃん?これも信仰。お宅らとは歴史と格が違うだけでねぇ、オホホホホホ」標高約1000mでも鬼嫁健在。
どん、なんだよう、と悔しそうに呟く。しかし、次々と目の前に現れる建物に心を奪われて、私の嫌味どころではなくなる。

続いて霊宝館へ。高野山に伝わる貴重な仏像や仏画を保存管理し、公開している。
ここでは私も興奮する。快慶の仏像がわんさか。その細やかかつ生き生きとした仏像の数々に、鼻血を吹きそうになる。
美術館に行っても博物館に行っても、入場した途端二人ともばらける。別行動を取るのである。
それぞれのペースで納得するまで見ているのだが、私の方が必ず先に行くのは性格的なものだろうか。
ここでも、別行動を取る二人。別々の場所で興奮する二人。
そんな中、私は弘法大師の像の前で足を止めた。私の地元にも弘法大師像はあるのだが、荒削りな上に色まで塗ってある。白塗りである。一体誰が作ったのかは不明ではあるが、その像と目の前の弘法大師像の面差しが似ていて、懐かしさを感じた。

金剛峰寺へ。この時点で、日はちょっと傾いている。
豊臣秀吉の母親の菩提寺として建立されたものだそう。狩野探幽をはじめ、狩野派の襖絵がこれまたわんさか。
建築に彫刻に襖絵に、こんな素晴らしい物を一日のうちにたくさん見られるなんて、ビバ!高野山(激しく不謹慎)。
二人して順路を間違えつつ、お茶の接待を受ける。帰路も順路を間違える。何故だ。

結局、女人道と徳川家霊台は回れないだろうということで、金剛峰寺から歩いて、奥の院へ。
歴史上人物の墓から太平洋戦争で亡くなられた方々の慰霊碑まで、参道をずらりと墓と巨大な樹木が並ぶ。
当然の事ながら、カメラは下ろしている。厳粛で澄み切った空気の中を歩く。
が、前方にはいちいち下品なコメントをする中年男性の一団や、手を繋ぐカップル。
……ここって墓だと思うんだけど。仏像や建築物や襖絵に興奮していたことは棚に上げて、心の中でツッコミ。いや、私らは静かに興奮してたし、騒いでないし。うん。どっちも不謹慎かもしれないけれど。
地元縁の大名の墓を見つけると、ちょっと安心する。不思議なものである。
水向け地蔵に順番に水をかけ、隣の中年女性に水をかけられながら(私は地蔵じゃない)、いよいよこの先、一礼して御廟橋を渡って弘法大師が御入定されている御廟へ。
ここまで、なるべく焼香やら地蔵への水向けやら参拝やらを避けてきたどんが、神妙な顔で一礼して橋を渡る。
失礼します、のご挨拶らしい。
入り口で、線香を立てる。しかし線香を倒してしまうも灰の中に指を入れて線香を立てる。…熱かった…。
御廟の中に入っても、やはりどんは焼香も参拝もしない。お好きにどうぞ、と。私はそのまま焼香して参拝。
参拝出来ないなら中に入らなくても良かったんじゃない?と声をかけると、入りたかったの、と答えた。
どんは壁際で神妙な顔で立っている。学会員という立場の彼なりのギリギリの礼儀らしい。
おおらかで寛容なほうが日本に合ってるんじゃないかなと、改めて思う。ん?どこの話だっけ?

vol.1その弐へ続く
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