妻はアンチ、夫はバリバリ。archive

創価学会員の夫と結婚した創価学会アンチの妻の記録。
創価学会なぞ笑い飛ばす気持ちで。すったもんだの後、
夫は緩やかに非活へ。現在は穏やかな日々。夫公認。更新及びコメント受付終了。アーカイブ化。
※学会員との結婚や交際を推奨するものでも、安心材料となるものでもありません。
※しっかり話し合い、答えを見つけるための参考になさっていただければと思います。

2005年07月

チラシの裏

名誉会長オンステージ(同時中継)があるので、どんは着任(着任できない人の急遽代わり含む)やらで、何かしら 3日間絡むらしい。
ふ。(←鼻で笑っている鬼嫁)
まあ、名誉会長独演会(同時中継)にかかりっきりのどんのことはさておき。

今日はいろいろチラシの裏をつらつらと。

●板橋の件
まずは
freeさんのブログ「創価学会体験記」を。

私も、そういえば、と思うところがあって。
あの家族が非活だとして、あの図々しいまでの地域互助というか、激励しに人様の家庭に入り込んでくるあの情熱というか、今回は生かされていなかったのだろうかと。
(家庭の中のことはそりゃわからないけれど、それを言うなら加害少年が通っていた学校は何か察していなかったのかとか、そういう話にもなってくるのだろうが)
学会組織体系みたいなものが、なんだかんだ言って、脆くなっているんじゃないかと。
freeさんのブログより
「通りすがりさんは このご家族を知っていて、何回か訪問されていらっしゃるようです。それなのに、このご家族を救えなかった 無念さや自責の念を全く感じられないのですけれど。」
『あの一家は非活ですよ、会合に誘っても来なかったんですよ、だから学会は関係ないんですよ、騒がないでくださいよ』そんな風におっしゃるように感じられる「通りすがり」さんのコメントにはfreeさんご指摘の「無念さや自責の念」だけでなく、同じ学会員であり関わりのあった一家の悲惨な事件への動揺や戸惑いが感じられない。
「あの記事で慌てふためく事もない」とコメントの中でおっしゃっているけれど、完全な濡れ衣なら慌てふためく事だと思うのだが。
ああ、そうか。学会内では「取材をしないデマ雑誌」扱いだから慌てないわけか今回も。
バリなら行き過ぎた指導がなかったか、思い詰めた活動をしていなかったか、非活ならなんとなくでも様子を見るとか声をかけるとか挨拶するようにするとか、同じ地域なら二度と同じ学会員が悲しい思いをしなくても済むように改善するだとか、話し合っているところですとか、そういう言い方があってもいいと思うのだけど。
ああ、そうか。アンチごときにそこまで言いたくないわってことですか。

にしても「非活だから関係ない」そう言い切っているようなコメント、そしてその主体は「記事」であり「悲しい結末を辿ったご一家」にないような気がするのだが。

●キャンペーン
強引かつ迷惑な折伏・啓蒙・会合への誘い等々、「信条の自由」を侵害される行為を受けられた方々は多くいらっしゃると思うのだが。
ふと、思いついたこと。
それをいちいち、mumurさんのように創価学会本部にクレーム電話をするというのはどうだろうか。
迷惑かけられた相手の実名を出して。可能なら自分も名乗って(誰かを陥れるような悪戯だと思われてもかなわんし)
深刻な学会被害を見るにつけ、「そんな指導はしていない」のが学会の建前なら、対策くらい立てろや学会!とか思ってしまうのだけれど。
どうでしょう。


●私信
206さん、いらっしゃってますか?
いろいろと大変でしたね。
同じような境遇で、と当ブログを紹介されたと思いますが、残念ながら違うんです。
確かに夫はバリ活動家学会員ですが、夫の親族の中で学会員は夫ただ一人。
私は、夫を含め、誰からも入信を強要されることはないです。
あなたの旦那さんも非活っぽいですし、だからあなたが求められている答えがこのブログにあるかどうかは分かりません。
ですが、あなたの投稿を見て、とても苦しい思いをされたことに、悲しい気持ちになりました。
そしてあなたを苦しめた方々に憤りを感じます。
私の意見は、そちらの方にいくつかわけて投稿しております。(ヒント「orz<3 プ」)
それから、私の後に続かれた投稿にも同意です。
やはりまずは旦那さんに相談するべきでしたね。あなたと旦那さんで一つの家族です。
今からでも遅くないですよ。旦那さんと話されて、対策を練られてください。
それから、お疲れの様子。夜も眠れていらっしゃらないのでは?
旦那さんと話されたら、後は専門家にお任せになって、ゆっくり休むことに専念していただきたいと思っています。
大丈夫です。あなたは何も間違っていません。
何もかもあなたの望むように、そしてあなたと旦那さんが離れることなく幸せに暮らせるようになってほしいと願っています。
どうか旦那さんとお二人で、乗り越えてください。

あ、あっちでは私の名前は出さないでくださいね。ただの投稿番号でお願いします。
って自分でここでバラしてますけどw

無関係1

すでに、その事件と創価学会の話はネットのあちこちで知っていた。
板橋区の両親殺害事件のことである。
どんは
「事件の度に関係者の家の信仰が調べられて取り沙汰されるなんて人権侵害だ」
と言っていた。
信仰が事件の原因でないのなら、まあ、ごもっともなことではあるが
「普段から、『創価スバラシイ!』って押しつけがましいからアレルギー反応が起きるんでしょ」
と軽くアンチパンチを返しておいた。

そして都議選に沸く日曜午後。
リビングで仲良く2人並んで「たかじんのそこまで言って委員会」を見ていた。
途中から見始めたのだが、話題は「板橋区両親殺害事件の犯人である息子が残虐ゲームにはまっていた。残虐ゲームをどう規制したらいいのか」。
話題がひとしきり進んだ後に少年の家庭環境の話題に移った。
そこで宮崎哲弥氏が口を開いた。
「あのね、さっきからゲーム脳だとか残虐ゲームだとか言ってますけど、この事件の場合はそういうことじゃないんです。週刊誌(新潮)が1社だけ書いてますけれど、家庭環境ですよ。ここのうちはね、ある宗教団体の熱心な信者だったんですよ。それでね、父親が息子の頭を押さえつけて『お前はダメなんだ』って何度も罵倒したって表向きには出てますけれど、実際は『お前は信心が足りないからダメなんだ』って罵倒してたんですよ」

……………。
しばし、沈黙。

「どんよ」
「……」
「聞いたか」
「……」
「聞いたか、学会員さん」
「……」
「そういえば、事件の起こった頃は選挙戦に入ってたんじゃないかな」
「……」
「テレビで見た犯行動機に『父親が土日・夏休み関係なく仕事を手伝わせて、いつの間にか父親よりも働かされた』っていうのがあったけど」
「……」
「息子に働かせて、自分は活動にかまけてたってこと?」
「それはさあ、そういう信心の仕方はさ、学会員として最低だと思うよ。でもさ、そういう暴走学会員のことまで俺は知らないよ」
「でも、学会の体質が問題じゃないの?」
「そういう教義じゃないって」
「教義じゃなくて、折伏だ啓蒙だって、追い込むような煽るようなこと言ってたら真に受けてのめり込む人がいるってことでしょう。そこでバランス壊す人がいるってことじゃないの」
「学会には『仕事3人前、信心1人前』っていう言葉があって、社会での責任を人並み以上に果たしてから信心しろっていう意味なの、だから、仕事をないがしろにして活動にのめり込むような学会員は間違ってると思うよ。でもその学会員自身の問題であって」
「それはそうだけど、学会が暗に煽ってるじゃん。学会は無関係なの?それにどうして報道しないの?問題を残虐ゲームとすり替えるの?創価学会が広告費の払いが良いから?大手新聞社の印刷所に聖教新聞印刷を発注してるから?」
「学会は、社会に仕事を発注することで還元しているの。そういう事情でマスコミが創価学会に媚びるんなら、俺はマスコミは糞だと思う」
「じゃあ、創価学会には意図がないと思うの?」
「なんかさ?、悪の秘密結社みたいに言うけどさあ」
「ここまで分かりやすい団体が秘密結社みたいなわけないじゃん。悪の結社みたいじゃん」
「結局、悪をつけるのね」
「『みたい』って付けたけど」
※後は言葉尻を捕まえてのくだらない口喧嘩なので割愛。

家庭は密室だ。
学会が親子関係に大きく影響していたとしても、それが外には分かりづらいことだったのかもしれない。
勿論、親子それぞれの資質が原因であることは当然ではある。
だからといって学会の煽り体質を思えば学会が無関係だとは思えない。
活動で鬱になる人、両親の両方がまたはどちらかが活動で家におらず留守番をする二世三世、学会のせいでイザコザが絶えない家庭があるのは現実だ。
行き過ぎた活動は個人の資質によることは大きいものの、行き過ぎた活動をする個人を作りやすい体質を学会が持っていることは、言わずもがなである。
聖教新聞は今日も「常識を持って活動を」呼びかけつつ「戦い抜け」「攻め抜け」「勝利」と無責任に煽っている。とはいえ常識を持って活動したら、目標は果たせなかったりして。
団体はどこまで個人個人の資質への影響を考慮できるのか。
それはそれで難しい話だとも思うのだが。


さて、ここで上記の疑問を直接、創価学会と毎日新聞に電話でぶつけられてこの結果を掲載されたmumurさんのブログを紹介。
ブログタイトルがすごいことになってますけど…
http://blog.livedoor.jp/mumur/archives/27219198.html

そういや、ウチ、聖教新聞と毎日新聞のゴールデンコンビだ……orz
産経も嫌、朝日も嫌、読売も嫌、地元紙は会社にある、で実家で取っててフォントと組みが慣れてる毎日新聞にしたんだけれども。
頼みますよ毎日さん…。
電話を受けた毎日新聞の担当者が学会員だった、という予想はアリだと思う。
受け答えの文言が学会員典型常套句に似ている。

確かに、どんは「学会員や学会は全面的に悪くない」という思考ではないし、たまに「学会の体質を変えたい」と言っているし(それでも学会内アンチではない)、学会自体の問題を末端学会員のどんにぶつけていたぶるようなことをしても仕方がない(鬼嫁)。
何よりもどんは、その後勝谷誠彦氏発言のチャイナロビーやチャイナスクールと呼ばれる政治家の話に夢中になってしまった(逃避したとも言う)。
創価スイッチがこっそりONになっていた。
体質を変えたい、と言っていても、基本的には「学会性善説」なのだ。


↓下に続く

無関係2

↓上の続き
以下、一個人の感想。

「宮崎氏や新潮の言うことはデタラメだ」
そう言い切ってしまえば、そこで終わる。
「学会員がそんなことするはずはない、学会は犯行に関係ない」「学会がマスコミに圧力をかけるわけがない」そう言い続けてきて、今の学会があるような気がする。
だが、それは末端学会員の話で。
学会中枢はどうだろうか。
前出のブログで、創価学会は被害者が学会員であったことを認めている。
だが、原因は記事のように過剰な信仰であったことは認めてはいない。
幸せになれると世間にうたっている(押しつけているとも言う)はずの学会が原因で不幸で悲しい事件が起きましたなんて憎い新潮に言われて、そりゃ認めたくもないだろうが、「取材をしていない」「誤りです」「(新潮は)敗訴しているんです」と決めつけるのもそれはそれでおかしな話だ。過去に敗訴したから書く記事全て嘘、という理論も飛躍しすぎている。
例えば企業の場合は、なんらかのコメントは出すだろうけれど、それは「仕事が原因である」と報道された場合で、学会には「報道されることはない」という強味があるように感じるのだ。
例え無難でおざなりでも「誤りです」以外で何かコメントを出せば見直しちゃうんだけど。
「取材していない」「誤りです」「(新潮は)敗訴しているんです」と言い切る強気な態度から学会はマスコミに対して「確固たる自信」を持っているように見受ける。

この事件に「学会信仰や活動」が関わっていることを、取材したマスコミ各社が知っているのではないか。
テレビで発言した宮崎氏にだって、新潮とは違うルートでソースがあったのではないかと思われる。
「雑誌に書いてあったから」というソースだけでテレビで発言するとは考えられないからだ。
それを出すか出さないか、そこでクローズアップされるのが、マスコミ各社と創価学会を繋ぐ「正当な」印刷の受注発注取引ではないか。
どんは「自前の印刷会社を作って学会企業を増やすのには反対」だという。
確かに、どんの言うことも分かる。
どんの言うように社会への還元という取引なのか、学会のためにマスコミを懐柔させるための布石だったのか、マスコミが得意先である学会に気を遣っているのか、それは私にはわからない。
私にはわからないように、末端の学会員にもわからない。
ただマスコミとの間に「正当な」パイプが繋がっているのは事実。
例えばみずほ銀行詐欺事件は大きな事件であるはずなのに扱いも小さく、後追い記事も特集記事も出てこないのも、事実。
疑うくらいはいいと思うのだが。

組織を疑うことは、悪いことだとは思わない。
真実は、よほどのことがないかぎり、私達の目には触れられることはないだろう。
だが。
創価学会は、既に、ひとつの社会を形成している。一種の社会の縮図と言えるだろう。
それこそ「いろいろな人がいる」のだから、犯罪を犯す人がいないとは言い切れないし、信仰や活動が原因で犯罪が起きないとも言い切れない。
「悪いのは一部」という学会員の常套句な言い訳は、そのまま社会に当てはまるが、
社会では、その一部のために法があり、一部を未然に防ぐための努力があり、一部がなくなるように社会のあり方を模索し要因となるものを可能で有れば規制し、啓発する、いわば自浄作用が働く。
少年犯罪が社会全体の責任ではないかと、様々に論議されるのもその現れである。
現に今回も、ゲームでは?家庭環境では?親は?学校は?少年を取り巻くことが取り沙汰されていた。
同じ社会にいながらも、「無関係だ、社会は関係ない」と言い切ることができるのに、そうはしないのである。
それが社会だ。
ところが、社会の縮図たる創価学会に、それがあるだろうか?
「学会員がそんなことするはずはない、学会は犯行に関係ない」「学会がマスコミに圧力をかけるわけがない」そう言い続けてきて、今の学会があるのは、疑わないから自浄作用が働かなかったのではないか。
そういうことを言う学会員は、同じ社会の中にいながらも「無関係だ」と言い切っているようなものだ。
そしてその社会を仕切る学会そのものが、「無関係だ」と言い切ることが何より恐ろしい。
学会が関係ないと言い切る今回の事件も、
「もしかして、父親の行き過ぎた信仰が加害少年を追いつめたのではないか
仕事と信仰とバランスが取れているだろうか?信仰を優先しすぎていないだろうか?」
学会員がそう疑えば、自分自身周辺の家族に、何か迷惑をかけてはいないかと振り返ることができる。
自分自身を見つめ直すことができる。
勝ちまくれ!前進あるのみ!ではなく、立ち止まり振り返ることも大事だと思う。
見つめ直せば何かが変わる。
これも1つの自浄作用ではないか。そう思うのだが。

私には、学会のお膳立ての上に学会員が乗っかっているように思える。
何もかも「そんなのはデマですよ」という大本営発表を信じろと言う。
端から見れば、こんなに人をバカにした話はない。
学会員は考えるなと、そう言っているように思えるのだが。

ところで。
いかなる理由があれど、人を殺めてはいけない。
親に手をかける以外に、その支配から逃げる方法もいくらでもあったと思うのだ。
学会のことがあったにせよ、なかったにせよ、親によって休みを奪われ、親以上に働かせることは虐待であると言える。教師や地域住民などを味方につけ、法的に対抗する術もあったはずだ。
虐待から逃げられない年齢ではない。でもそれほど、追いつめられていたのだろうか。そこでしか生きていけないと思いこんでしまったのだろうか。殺すことでしか、終わらせられないと。
逃げる、ではなく、殺す、という安易な発想はゲームの影響も否定は出来ないと思う。
どこにも安らぐ場所のない少年の痛みは想像を絶するものだろう。
だが。
どんな苦しい環境でも、逃げるのではなく親を殺す選択をした加害少年を同情することは出来ない。
同情してはいけないと思う。許されざることなのだ。
また、尊い人命が奪われたことにも悲しみを覚える。
そしてこんな悲惨でやるせない事件は、二度と起きて欲しくない。
少年犯罪が起こるたびに、そんなことを思うにも関わらず、何度も起こってしまうのだが。
それでも起こって欲しくないと願い、どう防げるか、考えることしかできない。

で。
左右両翼のイデオロギーに支配されて、お金のあるものに支配されて、
ジャーナリズムって死んだんじゃないかと思った。
マスコミを制した者、日本を制す?

遠吠え

ツマラン。選挙結果がツマラン。
とりあえず23人全員当選おめでとうございます。
欠片もおめでたいとは思っておりませんが。
全国放送で太田幹事長代行が「全国の創価学会の皆さまと支援者の皆さまのおかげです」なんておっしゃったそうで。
うーん、創価学会の皆さまと支援者の皆さまって、基本的に、同じ「皆さま」なのではないかと思うのですが。
支援させられた皆さまならいるかな。

さておき。
公明党にとっての勝利というのは、何を持って勝利というのだろうか。
1. 23人全員当選で勝ち。
2. 1人でも落選したら負け。
今回の選挙は「1」で勝ち。
それは公明党一党の話であって、全体を考えた場合、今回の「23人全員当選したものの、憎き民主党が議席を増やして第二党に躍進した」この状況は勝ちか負けか。
……………。
あ、遠吠えなんで気にしないで。

ネットで選挙結果を見ながら、ブーブー言っていると、どんが着任からご帰還。
公明候補者全員当確の時点で、八つ当たりの罵詈雑言メールを送りつけたにもかかわらず、スキップしながら帰ってきた。
で。
「激励品のパン食べる?今日はあまって2人分もらっちゃった。奥さんにもどうぞって♪」
「いらん!名誉会長のお情けなぞ、いらん!」
「だから?、うちの地区では『名誉会長からの激励品です』とは、もう言わないってば。ただの『激励品』だってば」
「いらん!学会のお情けなぞ、いらん!」
ブーブー言っている私を見て、ブーイングの矛先が自分に向かうことを察したらしい。
が、もう既に、矛先が向かっており、小躍りして帰ってきた時点でどんは私にほっぺをひねられてるのだが(DV?)。
その矛先を余所へ向けたかったのか、慰めているつもりなのか、どんがあることを口にした。
「投票率が低いから、こんなことになるのよ」
「それもあるけどさ、当選が難しいところには立候補しないからね、そもそも」
……………。
「そんな安全圏で何が『戦い』じゃ、何が『勝利』じゃ、ゴルァァ!自民との予定調和なんかぶっ飛ばして、自民お構いなしにガンガン立候補者立ててから自公民入り乱れての泥沼選挙戦を制してから勝利って言えよ、ゴルァァ!」
「俺に言うなよぉぉ知らねぇよぉぉ!」
結局、やぶ蛇になっていた。

どれほど投票率が上がれば組織票が反映されにくくなるのか、私には到底見当もつかない。
聞いたところによると50%以上でも難しいかもしれないとのこと。
ただそれは、今回の公明の得票数を参考にした予想でしかない。
投票率が増えたとしても、その増えた分が公明党に流れるわけではなく、公明党の得票数のおおよその数は変わらないそうなので、それでも投票率が上がれば組織票に不利になるのだろう。
加えて、FやZに応じない人が増えれば、また結果は違ってくる。
ただ、現状で既に、果たしてFやZのターゲットが義理堅く投票のお願いに応じているのかは不明ではあるが。
公明党以外の候補者自体の質や魅力の有無も、組織票を左右すると思う。
無党派層や選挙に行かない人の心をグッと掴むような候補者がいれば。
まあ、何にしても選挙に行く人が増えないと、お話にならない。

でも何故、選挙に行かないのだろうか。
「天気が悪い」というのは論外だし、「入れたい人がいない」のは気持ちは分かるけれど、無理矢理でもどこか良いところを見つければいい(…それも難しいけれど)。
自分の意志を政治に反映させるチャンスを自ら放棄するのも、もったいないと思うんだけれど。
7/4付けの勝谷誠彦さんの日記(レッツグーグル!)では昨日の選挙結果を受けての法華こと創価学会・公明党を勝たせることの危険性が書かれている。
何故か、勝谷誠彦さんの日記・カージナルス田口壮選手の日記・フガフガ・ラボさんのジョージ(w・ブッシュ)の妄言ブログを何故か順繰りに毎日チェックをしている私w。なんだこの統一性のなさは。
(誤解のないように書いておくと、私は勝谷氏シンパではありません。意見が同調するところと反するところは誰にでもあるわけで。そういう観点からも参考にさせていただいております。ちなみに橋田信介さんの件で読み始めました。橋田さんは私が尊敬している方の一人です)
どう大変かというのは専門の方々に任せておいて、私達素人は「投票に行け、さもなくば大変なことに…」と脅迫する「投票に行きましょう、自分の意志で投票しましょう」くらいのことしかいえない。


さて、遠吠えの最後に。
選挙前だったので控えていたことを。
都議選のポスターのタレント起用に創価学会員を使うのは何か意図があるのだろうか。
なんか、狡くない?
もし私が担当なら、特定の政治色がついたタレントは避けるけれど。
むしろ普通は避ける。

……………。
あ、遠吠えなんで気にしないで。

東京決戦

雨が降ったら投票率が下がるとか、猛暑だったら投票率下がるとか、本来、ありえないと思う。
と、成人して以来、投票皆勤賞の私は偉そうに言ってしまうわけだが。
勝利だなんだと、毎回大騒ぎされているどこぞの学会様の組織票とて、実は天気や気温に左右されているようなもんで。

そんなわけで、投票率アップキャンペーン。
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……ありがちですね。どっかで聞いたことがあるような気するけれど、既出?
フォントは、都議選ということで、江戸書体。


こっちは学会様向け
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おじいちゃん・おばあちゃんを車で連れ出して、投票所の入り口から候補者の名前を叫ぶとか、そういうの正直みっともないので。
当日連れだしから、「Z」な不在者投票まで、あの手この手・強引なやり方で選挙違反をしてまで、支持政党に投票させようとするのは、人権を侵害しているに等しいんじゃないかな。
本来は、各個人の考えで投票できる権利があるわけだから。

某政党支援者の某学会員様方がされる、選挙当日や不在者投票の際の送り迎えなんて、やりすぎ感が否めない。
まあ、一枚上手の人は、投票依頼に「君の推薦する候補者に入れるよ」と言いつつ、投票所まで送り迎えしてもらって全く違う候補者名を投票用紙に書いて投票しちゃったりとかするわけで。

なんだかんだ言っても投票用紙の前で鉛筆を握るその一瞬は、干渉も束縛もされない、自由なのだと思う。

とりあえず、アンチブログは組織票対策で投票率アップキャンペーンします。
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これはこれで、投票干渉ならぬ、投票強制w
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