妻はアンチ、夫はバリバリ。archive

創価学会員の夫と結婚した創価学会アンチの妻の記録。
創価学会なぞ笑い飛ばす気持ちで。すったもんだの後、
夫は緩やかに非活へ。現在は穏やかな日々。夫公認。更新及びコメント受付終了。アーカイブ化。
※学会員との結婚や交際を推奨するものでも、安心材料となるものでもありません。
※しっかり話し合い、答えを見つけるための参考になさっていただければと思います。

2005年03月

働く女

最近の華。
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今抱えている仕事が、いよいよ佳境。↑になりながら、連日深夜残業です。
それも今週いっぱいで終わります。嗚呼、長かったなあ………。
どんですか?放置プレイでも大丈夫です。
自分のことは自分で出来る男です(料理が出来なくとも、食事の調達方法はこのご時世、なんとかなります)。
というか、お互い同業種なので、お互いの仕事の事情は説明せずともわかるわけです。
仕事に追われバタバタ暴れ回る私を尻目に、どんは仕事に学会に家事にと、マイペースに日々を過ごしています。
良い夫を持った幸せ者でございます(新婚ですので、ノロケます)。

ブログの通常営業は、来週頃から。
首を洗って待っててね!名誉会長ハート

顔の皮が厚い件について


婦人部の顔の皮が厚すぎる件について。

Eさん、その後。
パンプキン事件の後、どんがEさんと会合で会ったらしい。
「とりあえずさあ、俺、謝ったわけ」
なぜ、お前さんが謝る。
鼻息荒く吠える私をなだめて、どんは話を続けた。
「Eさんさ、言ってたよ。『怯えるほど学会が嫌いなのに、夫を学会活動に送り出すんだから、あなた感謝しなきゃダメよ』って」
!!!!!!!
開いた口もふさがらない。鼻の穴も全開、目も見開く。
Eさん、あんたが言うなよ。
私の表情に、言わんとしていることを察したどんが慌ててさらに話を続ける。
「いや、それでね、悪かったって言ってたよ。『怯えるほど嫌いなのに、余計なことしちゃってゴメンネ』って」
「怯えている」と言った、どんの大袈裟な表現は、思ったより功を奏したらしい。
しかし、怯えていようがいまいが、一度は断っているのである。
断っているにもかかわらず、パンプキンを配達してきたのは、Eさんである。
おかしい、絶対、おかしい。わかってない、この人。
相手が怯えていようが怯えていまいが、一度、断っている人間には、二度と配達しないことが当然の対応である。
それが判っていないのだ。ポイントは、「怯えている相手に配達しない」のではなく、「断った人間に配達しない」ということである。
この人は、どんが「妻が怯えている」と言わなかったら、「嫌い」程度の発言だったら、また「学会への偏見をなんとかしなくっちゃ!」と配達するつもりだったのだろうか。
恐ろしい。げに恐ろしい。恐るべき、婦人部Eさん。
というか、Eさん、「怯えるほど学会嫌い」だったら、学会員と結婚するはずがない、と気づかないのだろうか?
大嫌いではあるが、怯えるほどではない。神経質にはなるが、怯えるほどではない。Eさんの思考回路には驚愕し、怯えたが。
「怯えているからという問題ではなく、そもそも断った人には配達しない」という今回の件のポイントにも気づかない位だから、「怯えるほど嫌いな団体に所属する人間と結婚する可能性は低い」ということにも気づかないのだろう。
Eさんに限らず、妄信バリ婦人部の方々は、思考パターンや行動パターンがある程度予測可能な気がする。
人の心を読みとるのが鈍い方々かもしれないが、一方、読みとりやすい方々であるかもしれない。
それを踏まえてやっぱり、直接対決すれば良かっただろうか。
いらない労力を使いたくないから、学会との折衝はどんが盾になっていただくつもりだが(どんもそのつもりだが)。
何にしても、Eさんは今後、私に関わってくることはないだろう。
もしも、関わってくるようなことがあったら、顔の皮が厚すぎるに違いない。

有意義なお金の使い方

同僚に、とある宗派の寺の仕事がきた。
総本山は世界遺産に登録された宗派である。
予算は。
「安いね」
私の問いに同僚は答えた。
「払えないんだって。簡単なデザインで、一色刷りで、挨拶状だね、これ。……それでも安いんだけどね、この金額」
資料として渡されていたのは、いかにも古い仏閣の写真の掲載されたパンフ。
その寺は隣の市にある。知る人ぞ、知るといわれるような穴場観光地である。
山の頂上付近に建っているので眺めが良いのだ。
「これねえ、去年の夏の台風で本堂がいろいろ壊れちゃってね、未だに修繕できてないんだって。お金がなくて」
「檀家さんが少ないの?」
「少ないんじゃなくて、いないんだって。信徒さんのみ。それにこの不景気だし」
「仏閣の修繕って高くつくんだろうね。建築技法も特殊なんだろうし」

その寺は、県の重要文化財である。とはいえ、「台風被害を受けたから助けて!」と申請を出したところですぐに対応してもらえるわけではないという(数ヶ月も放置されているのだから、未だ補助金は出ていないのだろう)。実は寺のある市のさらに隣の市にある、その寺よりも有名な重要文化財の建物も台風被害にあっているのだが、最近やっと補助金がおりて修繕の工事が始まったらしい。
いつ補助金がおりるかわからない。かといって、いつまでも破壊された本堂を放置するわけにはいかない。本尊の一般公開も中止中、毎年開催しているお祭りも、行うことができるかわからない、そういう切羽詰まった状況なんだそうで。
そういうわけで寄付のお願い。お金をかけずに、安い予算で「お願い」をたくさん印刷して、信徒さんに配って、人目のつくところに置いて、地道な広報をするのだろう。
「広報の効果」は分かっているのだけど、「広報にかけるお金はない」それで、苦肉の策が、なるだけ安く、それでも広報を打ちたい。泣かせる話じゃないか。
文化財とはいえ、観光客誘致が出来るようなパンチにきいた名所でもなければ(桜並木があるとか、あじさいとか紅葉とか有名観光地の近くとか)、市自体に知名度もなく、人口も少ない。
たとえ、奈良時代に建てられようが、戦国大名が再建費用を出そうが、本尊を弘法大師が開眼しようが、何代か前の住職が即身仏になろうが(!)、仏閣マニアや信心深い方々にとっては心を鷲づかみにされるようなラインナップではあるが、一般向けに考えると「寺」という存在だけでは悲しいかなパンチが弱い。そもそも市に訪れる観光客の絶対数が少ないのだ。
とはいえ歴史と由緒のある寺である。熱心な信徒さんは足繁く足を運び、お祭りもあり、それでも年に数万人の参拝客が訪れるそうなのだが、賽銭の額にしろお布施にしろ、そう多いわけではないだろう。
しかも、檀家がないのである。
どこぞの団体みたいに「財務は一口1万円から」などと提示しているわけではない。
財政難は目に見えるようだ。

「必死さが伝わってくるね」
「お金、本当にないんだろうね」
そういえばさっき、その仕事の打ち合わせをしていたミーティングブースから「ボランティアというか、これも一種の寄付というか、仏さんに対する心遣いというか、人助けというか、まー、そういうつもりで」という営業の声が聞こえていた。
不景気のしわ寄せは広告費と人件費。
広告業界はその煽りをもろに食らい、生き残るために価格破壊が発生し、それもまた業界の首をしめ、そんな苦しい状況の中で仕事を回していくのは大変なわけだが。
「これは仕方ないねえ」
「人情ね、人情」
その寺の金がない、という状況に、自分たちの身を振り返り、共感を持ってしまったデザイナー同士の話はさておき。

話は変わって、別の宗派。創価学会っていう団体の話なんですけれども。
良い値段で仕事が発注されるという。相場よりも高い値段。
同僚のライター仲間が学会雑誌の仕事を受けたことがあるらしい。
学会の仕事は正直したくないんだけれども、良いお値段なので引き受けてしまう。
そういうことで。おそらくデザイン代も広告掲載代も、良いお値段。
それだけでなく、聖教新聞は独自に印刷所を持っておらず(確か)、各新聞社の印刷所に印刷を発注するわけだが支払う金額は相場より高いため、印刷受注を請け負うこと潤う代わりに本社の新聞社は学会に対して滅多な記事を書けないのではないかと察するわけだが。(「法華輪転機」とかって揶揄する言葉があるくらい)そんな腑抜けなマスコミ様の仕切る日本。
人材グループには基本的にノーマネーなところを見ると、内部の人間は出来るだけ安く、出来ればタダで使うというのが学会のモットーらしい。飴をばらまくのはメリットのある外部だけと、そういうことで。
なんにしてもお金があるところは、違いますね。
なんにしてもお金にものを言わせてますからね。
かたや破壊された本堂の修繕費も捻出できず数ヶ月間も放置して、寄付のお願いの一色刷広告費さえ相場よりも安い金額しかだせない寺と、かたや会館やら施設やらドカンドカン建てて、広告費どーん!印刷費どーん!大盤振る舞いな団体と。
セチガライ世の中なんである。
台風被害は邪宗への仏罰だなどとほざきになる方々はさておき。お金というものは本当に必要なところには回らないようにできているらしい。例え重要文化財でも。
この場合、県の不手際もあるのだろうが、財政難と言われてしまえば、それまでで。

だいたい、ごくごく普通の宗派の寺は大々的に折伏(迷惑)キャンペーンを打って信者や檀家を増やそうとはしない(江戸時代に布教を禁止されてそのまま?)。どこぞと違って。
受け身な体制なわけで。どこぞと違って。
檀家が多い都会の寺はわりかしゴージャスだけれども、人口の少ない地域に建つ寺は檀家も少ないだろうし。その寺にいたっては檀家がないというし。どこぞと違って。
ビルみたいなお寺建ててベンツに乗るお坊さんもいれば、懐が潤って仕方がなさげな名誉会長もいれば、寺の修繕に四苦八苦するお坊さんもいる。同じ仏教、悲喜こもごもである。

でも。
地味だし、パンチがなくても。
由緒も歴史もあり、文化としても貴重な本尊があり、即身仏になるほど仏の道を究めた住職がいて、遙か昔の時代を象徴する様式美・建築美を今に伝え、自然溢れる山々の中に佇む古刹を修繕して次の世代へ「文化的財産」「仏教の精神的財産」として残すことの方が、意義のあることなのでは、と私は思う。
そこにかけるお金は、どこぞのお金持ち団体が集める財務より遙かに、生かされる
「お金」ではないかと思うのだ。

そんなわけで、どんを伴っての春の行楽は、その寺にしようと勝手に決定。
お賽銭も、ちょっと弾もう。


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おまけ
あったら嫌だ、こんな学会雑誌。
「ファッション雑誌」
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……なんか、嫌だ。

Bさん、初登場

家に帰ると、イケメンがいた。
可愛い系の、イケメンがいた。
どれくらい、イケメンかというと。
私の鼻の下がメートル単位で伸びるくらい、私の目(近眼)が保養されるあまり、視力がちょっとあがったのでは、というくらいのイケメン。
そんなイケメンが家にいた。
うちのどんのことではない。
ニコニコしながら挨拶してくれるイケメンの隣に見慣れたアンパンマン似の男が立っていて、それが私の夫だということは、まばゆいばかりのイケメンオーラの隙間で確認できている。
イケメンは好きだ。いつまでも眺めていたい。
癒しである。誰が何と言っても癒しである。
ただ、ひとつ、気になることがあった。
このイケメンからは、そこはかとなくどんと同じ匂いがするのである。加齢臭ではない。

そして、イケメンはニコニコしながら帰っていった。

「………かっこいい………ハート
「やっぱ、そう思う?」
「………ジャニーズだよね……ユーがキャンならドゥーしちゃいなよ、だよね……ハート
「あー、やっぱそうなんだね。ああいうのをジャニ系っていうんだね」
「でもさ、どん。……匂いがするの。あなたと同じ匂いが」
「加齢臭の年じゃないでしょ、まだ彼は若いんだし。あ、そうか俺がイケメン(自称)だからそういう匂いがするって言うんじゃないの?いやー、俺も罪だな参ったな照れ」
「学会の匂いがする」
「…………鼻が変に発達してない?」
私の鼻が訴えた通り(伸びるには伸びたが、鼻としての機能は衰えてはいなかった)、彼は学会員でどんのところに書類を受け取りに来た、Bさんという青年であった。
Bさん。2005年12月6日ブログに出てくる、あのBさんである。
こんなところで、初対面(しかもイケメン)。
そうか、彼が来る予定だったのか。それは惜しいことをしたなと、思うわけはなく。
イケメンに弱い私のことだから、見とれてウッカリ折伏される可能性もあったわけで。
もしやそれがAさんの作戦だったのでは?と今更ながらガクガクブルブルしてしまっているわけで。
「あああ、あんなにイケメンなのに学会員だなんてぇぇぇ!!」
と、どう考えても学会にもBさんにも激しく失礼なことを言いながら、一人悶絶していたら。
どんがニコニコしながら言った。
「華ちゃんと俺が初めてあった時のこと、覚えてる?」

それは、飲み会の席だった(合コンではない)。
どんはその飲み会に出られなくなった人の代わりに呼ばれて、私と出会った。

「その、出られなくなった人っていうのが、Bくんなんだよね」
………………………。
なんですって?!
それって、それってさ。
「じゃあ、どんではなくて、私はBさんと恋に落ちたのかもしれないってこと?!」
「は、華ちゃん?」
「私の夫は、どんじゃなくて、Bさんだったかもしれないってこと?!」
「おーい、おーい」
「いやあん!イケメンの夫なんて、毎日が楽しくて楽しくて」
「でも、学会員だけどね」

「2世で両親は幹部」
!!
「付き合う彼女を折伏するタイプだよ、彼」
!!!
「…………私、どんが夫で良かったと思う」
「華ちゃん、ついでに言うけど、あの飲み会に彼がちゃんと参加できていたとしても彼にも相手を選ぶ権利はあると思うよ
「うるせーよ」

恋人や配偶者に折伏をする、ということは。
「信仰が幸せ」だと思っている人ならば、おそらく「付き合う相手も幸せにしたい」と思って折伏するのだろうか。
でも、自分が「幸せ」だと思っていることが、必ずしも他人も「幸せ」だと思うとは限らない。
それに、惚れた相手ならなおさら、断りにくいもの。相手を喜ばせようとして入会を受け入れることもあるかもしれない。
それって、それってどうなのよ。
惚れられたら、その強味で断ることは出来るかな、と思うけれど。
折伏、折伏、と学会員は言うが、誰かを折伏し学会と人生が関わらせることで180度生活が変わる、人の人生を全く変えるということに、何の抵抗もないだろうか?
今まで特に宗教にこだわらなかった家族が、友達が、同僚が、突然信仰にいそしみだす。しかも創価学会。
周囲に驚きや戸惑いをを与えて良いのだろうか?
折伏する方は、ある種の確信に満ちてしていることなのだろうが、端から学会員の活動を垣間見るに、果たして折伏することで人の人生や生活を変えて良いものだろうか、という疑問は拭えない。
それが恋人だったら。必ず結婚するわけでもない、いつか別れるような恋人にまで、折伏出来るものなのだろうか。

恋人が学会員だった、というもろもろの話は今日はいったん置いといて。
(いつか自分のことも含めて書かねばならんのだろう)
今日はその先。

例えば折伏したとする。
で、恋人や配偶者が活動家になったとする。
仕事もしながら、家庭生活を維持しながら、信心とか活動とやらをして、活動のステージを上げていって、人材育成の大学校に入ったり人材グループになったり幹部になったりしたら、会う時間が無くなったり、体を休ませる時間が無くなったりするかもしれないわけで。
それでも「お互い頑張りましょうね!フフフ!」という激励の言葉を交わしながら活動できるものなのだろうか。
力になって欲しい時、話を聞いて欲しい時、相手が学会活動でいなかったら。
題目でもあげろと?
そういうことだけじゃなくて、アイシアッテル人同士、いちゃつきたくとも題目とはいちゃつけない。
それって、「関係」として、どうなんだろうか。
結局、二人の関係の中に学会がスルスルと入り込んでいて、学会に支配されてないだろうか?
何が「普通の関係」なのか誰にも決められないことは重々承知の上ではあるが。
同じ信仰を始めたものの、片方が二人の関係より信仰にウェイトを傾けすぎて、もう片方がそれを嫌がる、というケースがあるという。
折伏しておきながら、折伏相手が自分以上に活動にのめり込んで自分が二の次にされてしまうのを嫌がったり、同じ信仰同士で結婚したものの、結婚した途端、家庭生活が活動の二の次にされることに、妻や夫が嫌がったり。
「相手も幸せに」と思って折伏したら、なんだか複雑なことになってしまう。
学会員同士でくっつけば、という意見もあるが、学会員同士というのもいろいろあるらしい。
そういうのって、「学会よりもアナタがワタシ(ボク)の側にいてくれることのほうが大事」という本音の現れではないかと思ったりするのだけど。
私は理屈ではどうしようもできない人間らしい欲求だと思うが(だってレンアイってそんなもんじゃない?)、それを学会的には「魔」と呼ぶのだろう。
上手くやってる夫婦や恋人同士もあるのだろうけど、お互いの歯車が噛み合っているということで、それはそれは、よござんした、なのであるが、相手がどこか無理をしている、という可能性はなくはない。
上手く信仰と恋愛をバランスよくこなせる器用な二人なのか、好きな相手との関係の維持や結婚生活の維持のために実は片方が無理して相手にあわせているのか、二人とも学会を第一に考えることが出来るので二の次にされても全然平気!なのか(そう、学会に思わされているのか)、二人が相談してちょっとの無理を納得してやっているのか、その辺はよくわからないが。
その譲り合うだとか、無理をするだとかは、学会でない夫婦や恋人同士にもあることなのだけど、学会活動をしている人々に比べたら、そんなに重いものではないと思う。
そもそも活動に伴う無理が重いものだとは気づかせないように上手く誘導するのが学会なのかも、とも思うけれど。
学会員同士にせよ、片方が学会員にせよ、創価学会という存在が大きな障害になることがある。
相手との関係の中に影を落とす、その存在は宗教として如何なものなのだろうか。
団体そのものが与える影響もあるし、個人の解釈や節度もあると思うが。

実は、どんが付き合う相手を折伏しなかったのも、女子部から付き合う相手を選ばなかったのも、そこにあるらしい。
自分の周りの学会員夫婦や学会員同士の彼氏彼女を見ていても、すれ違ったり色々大変そうで、結婚も彼女も、外部にしようと、なんとなく思っていたらしい。
………どんよ。お前さん、学会員の彼氏や夫を持った外部の悩みとか苦労は考えなかったとでもいうのか?都合良すぎないか?
「考えていないわけないじゃん。いろいろ気遣ってるでしょ」
ああ、そうですね。そうでしたそうでした。
どんには、個人主義的な部分もあるので、そういうところも影響しているのかもしれない。

イケメンではないけれど(!)、私にとってもどんにとっても、あの日、飲み会にやってきたのが互いで良かったということなのだろうか。


そういえば帰りがけ、Bさんが「こないだAさんにどんさんの家に行こうって誘われたんですけど、Aさんが急に都合が悪くなったって言いだして」と話していたので、「Aさんが訪問先のウチの予定を聞かずに勝手に訪問計画立ててたんでね。オホホ」と言うと「あー、またAさん、そんなことしたんですね」と答えていた。「また」と言われるあたり、Aさんの先走り暴走ぶりはどこでも有名らしい。



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「三浦大知」くんで検索かけてくる方。
やっとやっと、このブログでも出せる情報が!
TFM、土曜夜10時より放送している、ゴスペラーズのラジオ番組「Feel'n Soul」(DJ:黒沢薫[ゴスペラーズのよく真ん中で歌っている小さい丸い男前]、月代わり登場メンバー3月:酒井雄二[ゴスペラーズで一番でっかい二人のうちの一人、長髪パーマほくろ、声が良い]……こんな説明してもファンですから)があるのですが、3/12ののゲストに三浦大知くんが出ますよ!ワーイワーイ!……ってもったいぶらなくても、ファンなら皆ご存じの情報かもしれませんが。
初めて音源を聞くので、楽しみで楽しみで仕方ない、華でございました。

利用されてませんか?

人材グループは着任の日に都合が悪くなったり、具合が悪くなったりすると、休める。
休める、とはいっても、誰か代わりに着任につくわけで。
そういう時に白羽の矢がスコーン!と立つのは使いやすい、都合の良い、人の良い、押しに弱い責任感の強い人間である。
以前、誰かの代わりに着任についたことがあるなら、その誰かに頼むこともありだろう。
しかし大抵は、使いやすい、都合の良い、人の良い、押しに弱い責任感の強い人間に回ってくる。幹部だったりまとめ役だったり、立場は様々だろうが、白羽の矢がグッサリ立てられるのは、こういうタイプの人間だろう。
頼みにくい急なお願いをするときに、使いやすい、都合の良い、人の良い、押しに弱い責任感の強い人間にお願いするのは、確かに妥当な線だと思う。
無責任でいい加減な人に、ピンチヒッターをお願いしづらいのは本音だ。
それは分かる。分かっている。分かっているけれどもよ。
「どうしても行くというのか?」
玄関に雄々しく立ちはだかるのは、私。
対峙するどんは、黒のスーツに七三のダサダサなザ・創価班スタイル。
スーツはいい。七三はいただけない。七三は。
「ごめん……頼まれちゃって」
使いやすい、都合の良い、人の良い、押しに弱い責任感の強い人間、どんは、日曜の夜に都合が悪くなったどなた様かの代わりに着任につきやがるのである。
「どうしても行きたければ、俺の屍を越えていけ
「………………」
血色が良すぎる屍を越えて、「九時半には戻ります」と、いただけない七三のどんは出かけていった。

都合が悪くなったのは、仕方がない。具合が悪いのも、仕方がない。
どんだって、誰かに交代してもらうこともあるだろう。いや、言うまい。どう考えたってピンチヒッターに立つことの方が多すぎて、貯まりに貯まった交代のツケを解消しようとしたら、当分、着任は休めるのではないかということは。言っちゃった。
着任の時の心配は、以前のブログで書いたので、今回は割愛する。
そもそも、休みの日に会合やら着任を入れる意味が全く分からない。
休みの日に都合が悪くなるのは、可能性として高くなるのは当然である。
平日休めない分、気の緩む休日に具合が悪くなることも当然である。
全く分からないといえば、会合やら着任が頻繁にあることも分からない。
平日の夜にやることも分からないし、細々と部会もわかれた会合も分からない。
そんな人に手間取らす宗教なんぞ、わけがわからない。一体何を話すんだ?
そのうち食べちゃいけないものとか決められるのではないか?断食月とか設定するんじゃないのか?名誉会長のダイエットメニューやらなんやらが学会員に「名誉会長と共にがんばって戦いぬこう!」とか言って推奨されるんじゃないのか?なんの健康推進団体だよ!
あれか?厚生労働省から健康優良団体として表彰されたいのか?また表彰目当てか!
表彰だったらなんでもいいのか!(勝手に妄想中)
ま、会合やら着任やらも仏道修行と言うなら、それも結構。勝手にドゾ。
しかし。
平日はきっちり働いて、休みはきっちり遊んで、学会に都合を左右されない自分のスタイルを楽しむほうが私には幸せである。
は?何?「あの人は信仰をしてないから、本当の幸せじゃない」?「あの人は目の前の即物的な楽しみの心を奪われている、本当の豊かな心や喜びは、学会活動を通してのみ得られる」?
どうとてもおっしゃい。余計なお世話よ。私の幸せは私が決めるの。俗でいいのよ、俗で。俗道最高!俺道最高!オーッホッホッホッホッホ!
本来は、人間の生活のサイドにあるはずの宗教が、人間の生活の中心に居座って、それを中心に生活を回す意味がまったく持ってわからんのですよ、名誉会長!
人間の生活のために宗教があるのであって、宗教のために人間の生活があるわけではないのですよ、名誉会長!
都合が悪くなることも、具合が悪くなることも、仕方がない。でもそれ以前に、お休みの日の夜に、会合を着任を入れること自体がそもそもおかしい。
認めない。あたしゃ認めないよ!
まあ、やりたい人にとっては、それでよろしいだろう。
好きなだけ、生活の中心に創価学会様を置いて、生活を回せばよろしいのである。
が。
着任のおかげで、また約束を反故された、私はどうすればいいんですか?あ?
外食の約束、さようなら。
ラーメンなんで、ラーメンなんですけど、たかがラーメン、されどラーメン。
こんな時は(いつもだけど)「義経」なんかは見てやらないのである。
「ビフォーアフター」を見るのである。しかしゲストで岸本加世子が出ていて、余計に不愉快になったりするのである。義経にも岸本加世子にも、なんの罪もないが、「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」「創価憎けりゃ学会タレントまで憎い」「名誉会長憎けりゃ腹まで憎い」何もかもが憎いわけである。ええ、私は程度の低い人間ですけど、何か?
食べ物の恨みは怖いのである。ブー。

なぜ、こんなに(↑)のようにプンスカ怒っていたかというと、どんと美味しいラーメンを食べに行く約束をしていて、それが着任によって中止になったという以上に、大嫌いな学会様に自分の楽しみやら予定やらを乱されたことに激怒していると、そういうわけで。
しかも約束の元々はどんが誘ってきたのであって。
余計にふざけんなこの野郎め!状態なんである。
寄れば刺す!状態なんである。創価学会の何もかもが憎くて仕方がない!状態なんである。

夕ご飯、どうしよう。今更作る気もしないなあ。と。ゴロゴロしていて、そのままウトウト。
どんのご飯?知りません。知りませんよ……。そこでパンとジュースですよ。きっと、あの配給は、家族に激怒されて夕食抜きにされた創価班のために学会から配給されるものに違いない……ぐー。

揺り動かされて、目がさめた。いただけない七三が覗き込んでいる。
「ラーメンを食べに行こう」
時間は10時。9時半帰宅予定を上回っていた。
着任に疲れていても、約束は守ろうとしているらしい。健気な男である。
ラーメン屋さんは他の市にある。いつでも食べに行けるわけではない。
たかがラーメン、されどラーメン。ラーメンを食べに行くだけでなく、ドライブが伴う。実はちょっとしたデートなのである。新婚さんなのである。イラッシャ?イ!
だからこそ、約束が流れそうになったことに、余計に腹を立てていたわけだが。
遅くはなったが、どんは挽回してくれるらしい。しかもおごりらしい。(共働きの我が家は生活費折半)
正直、眠かったが行ってやってもいいぜと、もったいぶって行くことにした。
健気でいただけない七三の運転する車で、走ること約40分。
明かりの消えたラーメン屋が道の向こうに見えた……………。

「そりゃ、閉まるっつう話ですわ」
「本店、本店は1時まで空いてるよ」
「はぁ?本店?」
鼻息も荒くたちどころに不機嫌になった私に、こんな時間帯に「支店がダメなら本店」という恐るべき前向き創価学会員思考をしたどんはひきつった笑顔を見せた。
実は、どん的にも、どうしてもラーメンが食べたいらしい。
急な着任要請が一番迷惑だったのは、他でもないどん自身だったのである。
そりゃ、疲れてても行きたがるわけです。
だったら、ピンチヒッター引き受けるなよ、このバリ学会員め!
どうせどんのことだから、責任を果たすのとラーメン食べるのと、片方をもう片方で犠牲にさせないと、両方手に入れるつもりなのだろうけれど。
学会と私と、どっちも立てるということだろうが、私は遠慮してあげても、学会はきっと遠慮してくれず、また次もピンチヒッターを頼まれるのである。
ホンマに図々しい。

本店まではここからさらに20分。
県境に隣接する市にある
着任さえ無ければ、そんなところまで足を伸ばすことはなかったのに。
私の学会への呪詛の言葉をBGMに、前向きで健気でいただけいない七三の運転する車は快調に進んでしばらく。ようやっと駐車場に収まった。
本店に入ると、11時も1分前。
「ギリギリだったわねえ」
おばちゃんは笑いながら言った。
「え?1時までじゃあ?」
「11時になったのよ」

念願のラーメンをすするどん。
「良かったなあ、お前さん」
「何が?」
「あと1分の差で、本店のラーメンさえ閉店で食べられなかったら、大変なことになっていたねえ、ヒヒヒヒヒヒヒ」
「………………」
いただけない七三は、私の意地悪に無言でスープをすすった。
空腹のあまり、怒り狂った私が大暴れするのだけは防げたわけで。いや、すでに怒っていたとも言うが。
とはいえ、深夜にラーメン一杯完食できるほど胃は丈夫でなく、半分はどんにあげた。

ラーメンを食して、どんはウキウキである。
私はというと、再び睡魔に襲われ、どんが車を発進させて、すぐに眠りに落ちた。
出会ってから現在に至るまで、こんな夜を、幾度も繰り返している。もちろん、遅くなっても約束が叶えられた日はまだマシで。
約束さえも叶えられず、計画が流れていくことも幾度もある。
遅くなっても、それでも可能な限り出かけるのは、学会如きに自分の予定を狂わされたくなく、可能であれば意地でも敢行するわけである。眠い深夜のラーメンであっても。
さりげなく生活の中心に居座ろうとする隅に創価学会を蹴飛ばしながら、過ごす日々。
確かに、人材グループは休める。しかし、休んだ代わりには必ず、急に頼まれた誰かが出ている。
その誰かは、必ずしもまるまる予定が空いていたわけではない。

そもそもの根元は、誰しもが都合が悪い休みの夜に行われる会合なのであるが。
日々、そして昼夜、何かしら、会館で、個人会場で会合が行われているということを聞くと、その中に本当は不必要な会合があるのではないだろうかと勘ぐってしまうのである。
そんなに数多く会合をする理由が全く思いつかない。そして、人材グループは自分たちの会合だけでなく、直接自分たちには関わりのない会合のためにも任務をこなすわけである。

なんにしても、私達の生活は、創価学会のためにあるのではない。
頼まれて、責任感とやらにかられて、スーツにダサダサでいただけない七三で決めて出かけていくどん。
責任の名の元に、創価学会に良いように利用されている夫。気づいているのか、気づかないフリをしているのか。
そして私は、いつか見てろ、どんと私の時間を奪った仇を討ってやる(どうやって?)、今日の所はこれで勘弁しておいてやる、と、聖教新聞の名誉会長の写真にバカボンパパな鼻毛を豪快に書き足すのである。


※どんは聖教新聞で生ゴミを包んでも、名誉会長の写真にイタズラ書きしても、何も言わない。たかが紙だから、と至極まっとうなことを言う。そこまで気づいてどうして利用されているということから目をそらす…?

--------
今日の聖教新聞に、中学生の時からずっとファンだった三人組ミュージシャンの一人、学会員で有名な方のインタビューが掲載されていて、軽く打ちひしがれているアンチ妻です。
いや、知ってますけれども、改めて。
しかも、最初のアルバムを名誉会長に届けたら『ファンを増やすことがあなたの広宣流布だね』とのお言葉をチョーダイしたとかで。
…………………………どうも、広宣流布された一人、学会アンチ妻の華です(ヤケ)。
今、笑った!今、名誉会長がニヤって笑った!!
まあ、あれはあれ、これはこれ。割り切ります。割り切りますよ。
あの素晴らしい「キネバラ」と称されるバラードの数々に(伏せてない伏せてない伏せる意志がない・笑)心を打たれた一人ですが、何か?(逆ギレ)
今度、「華の青春とTM NETWORK(伏せてない伏せてない伏せる意志がない・笑)」と題して語ろうかと。語ってやるさ!語ってやるとも!(需要はあるのか……?)
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