妻はアンチ、夫はバリバリ。archive

創価学会員の夫と結婚した創価学会アンチの妻の記録。
創価学会なぞ笑い飛ばす気持ちで。すったもんだの後、
夫は緩やかに非活へ。現在は穏やかな日々。夫公認。更新及びコメント受付終了。アーカイブ化。
※学会員との結婚や交際を推奨するものでも、安心材料となるものでもありません。
※しっかり話し合い、答えを見つけるための参考になさっていただければと思います。

2004年12月

広告塔

メジャーリーガー日記職人、田口選手がカージナルスから来季契約を見送られた。
あまり田口選手を取り上げないメディアにイライラしながらも田口選手公式サイトの日記に釘付けだったシーズン中。
日記職人ファンの2ちゃねらーに愛されおちょくられながらも、エスプリに富んだ文章で日記に綴られる田口選手の日々に一喜一憂し(大袈裟)、夫と共にアメリカ生活をガッツで乗り切る奥様やご子息の成長ぶりさえも気にかけてしまった、あの日々。
………恋?(違)
私は、イチローやマツイより田口選手がイカス!(死語)と個人的には思っている。(野茂は別格)
うーん、どうなっちゃうんだ田口壮。どうなっちゃうんだ田口日記(そっち?)

巷で話題の長井秀和と青木さやか。
どんの創価学会芸能情報によれば、青木さやかを折伏したのは、長井秀和ではなくまた別の芸人さんだそうだが。
まあ、誰に折伏されたとかそんなことは正直、どうでも良い。
(青木さやかに関しては所属事務所や親御さんが「報告は受けていない」と話しているということで、本当に学会員かどうかはわからないのだが)
その2004年バラエティ界を代表する両巨頭が聖教新聞で対談したという伝説の記事を、幸いにも私は見ることができた。(別に嬉しくもないけど)
現物そのものは、どんが資源ゴミに出してしまったので今は手元にはないのだが、読んだ印象は、「これ皮肉?」
今年のバラエティ界を代表する両巨頭はまた、毒舌が売りでもある。
そんな二人が、聖教新聞お約束の創価前向きポジティブトークを繰り広げたとて、例え本人達が大まじめでもネタを演じているようなわざとらしさしか残らないのである。
想像して欲しい。
題目を一日何回あげるようにしているとか、真剣に信心することで芸能生活にどう影響したとか、あの口調で長井秀和が体験談を語る。
それに目を見開いた青木さやかが「わぁ!すごいですね」「それってとってもハッピーじゃないですかあ!」と相づちを入れる。
まるでコントだ。しかもテレビでは毒舌の二人の会話は創価を皮肉ったネタにさえ見える。
正直、紙面上で長井秀和がさとう珠緒の話題をいつ出し、青木さやかが「どこ見てんのよぉ!」といつ叫ぶか、あり得ないのにそんな期待を抱いてしまうところだった。
テレビで見る二人のキャラクターがそうさせてしまうのだろう。うーん、皮肉だ。
長井秀和は日曜の聖教新聞にまた出ていた。
やっぱり、何を言っても皮肉っぽく見える。
創価学会の新広告塔にはちょっと不似合いなんじゃないか?
むしろ、誰が広告塔でも、創価学会員ということでそのタレントのイメージダウンにはなっても創価学会のイメージアップには繋がらないというのが現実だと思うのだが。
ほら、だって、学会員さんが折伏の時に使ったり、学会は悪いところではないという必死のアピールに使うセリフ「タレントの●●が学会員なんだって?」って聞いたら、逆にがっかりするし。
学会タレントを引き合いにだすの、逆効果ですから
最近では、タレントが、学会員であることが世間に知られることでイメージダウンに繋がることを恐れて、学会に口止めしたり、会合に出なかったりするようだし。
マイナスイメージが先行してる以上は、誰が広告塔でも一緒。
手遅れです。間違いなcvbんjkl;

私は長井秀和や青木さやかよりはるかに、波田陽区やだいたひかるや友近やパペットマペットが好きなのだが。
折伏されてないか、心配で心配で、夜はぐっすり寝たのに日中眠くて仕方ない。あれ。

創価面白学会

ちょっと時間があったので、本日二回目の更新。ちなみに基本は平日更新、年末年始はお休みです。
「私の美意識が創価学会を拒否する」という自分的名言(暴言)を吐いたところで(詳細は本日一回目ブログの「どんを褒めてみよう」でどうぞ)、いつもの私、再登場。


記事引用となると、著作権法第32条に示された条件を満たさないといけないので、このブログがその条件に満ちるかどうかいろいろ調べていて、ふと「わが友に贈る」でネット検索をかけてみたらば。

学会員の皆さん自らが条件無視でガンガン転載・引用しまくっていた
ねえ、法を守ろうとした私は馬鹿を見ているのか?これが創価学会なの?ねえ?ねえ?
創価学会相手に法を守ろうとした私が馬鹿なの?ねえ?ねえ?

いろいろ調べるのが馬鹿らしくなったので、新聞記事が創作性を持った著作物(妻アンチブログ)の補強材料としての引用であるということと、原文ままの取り込みと、引用以上の量の文章を書くことと、出典明記と、守れるだけの法を守って今日のブログを書く。
ああああ腹立つわあ。

「夜間の私語や 自転車のとめ方 近隣の方々への 配慮を忘れるな! 良識が味方をつくる。
                    平成16年12月17日付、聖教新聞 わが友に贈る」

どこかで聞いた言葉だと思ったら、懐かしいことに
中学生の頃、校長が朝礼で部活で遅くなる生徒に対し言っていたのを聞いたことがあるなあ。
しかしまあ、会館や会場提供の学会員宅の周囲はどれだけの惨状になるのだろうか。
以前、渋滞のことにも触れたが、被害は渋滞だけではないらしい。
ここで学会以外で夜間に人が集まる事例を出してみる。
例えば、コンサート。
全く見ず知らずの人間達が、コンサートを見るために、色々なところから集まる。ファン層にもよるのだろうが、大抵はマナーよく鑑賞し、コンサートを楽しみ、マナーよく帰っていく。
粗相をすれば「○○のファンは態度が悪い」と言われるのが分かっている。
ファンの行動が、コンサートをする側の芸能人の評価に繋がるのだ。
ファンのマナーの悪さが原因で、コンサートホール側から使用を断られる事態になるやもしれない。
今回のペ様騒動だって良い例だ。ぺ様側にも問題があったが、ペ様はファンのマナーを信じていたし、マナーを逸脱した行動を取ったファンにも他のファンから批判が集まったという。
騒動のことで、ペ様ファンはマナーが良くないという世間の認知が上がってしまったことも事実であると同時に、ファン同士が自発的に「マナーを守りましょう」と再確認したのも事実。
「常識的なマナーを守る」どの芸能人のファンであっても共通であり暗黙のルールである。
迷惑をかけるようなことがあっても、次に生かすように気を付け合うのもまた暗黙のルールである。
見ず知らずの人間同士が守れるマナーを、学会員が守れないはずはないですよねえ?
信仰を持った者が人格者であるとは思わない。
だが、機関誌を通じて、中学生に朝礼で校長が注意するような内容を大の大人に言うというのは一体どういうことだろうか?
信仰よりも一社会人として大事なこと、あると思うのだが。
ウキウキしながら、どんに新聞を突きつける。
「……………………謝りに行ったこと、あるよ」
近隣住民の家に、頭を下げに行ったことがあるという。
別にどんが会合後に大声で私語をしていたわけではない。会館周辺警備にあたる創価班の役職を持った立場上、どんが行かねばならなかったらしい。
迷惑をかけた当事者が謝りに行かない。
「こういう注意は何度も出てるよ。でもねえ守る気配も改善する気配もないんだよねえ…。マナー違反は一部の人とかじゃないからね、多いんだよねえ…」
謝らないどころか、改善しないとは、いかがなものだろうか。
よく、粗相をした学会員を引き合いにだすと「それは一部の人、いろんな人がいるから」という創価用語定型句の言い訳が返ってくるが、それさえも返ってこないとは。
興奮状態で会館から出るのだろう。自分たちの信じるものが最高なのだと、高揚感に包まれてテンションも高くなるってなもんだ。
そういう人々がワァワァ外で話す→近隣住民五月蠅くて困る→注意しに行きたいけど面と向かい合って言うには学会員って何か怖い。選挙の時もしつこいし→電話だったら大丈夫かな→会館に電話→苦情→創価班他出動→すんませんでした…→「また苦情がでますた」報告→全国から中央に報告があがる→またかよ、と機関誌で注意→直接注意をされていないし、当事者に限って自分のことではないと思っていたりして、読んでも他人事→会館で会合に集まる→テンション高くなる→ループ。
どっかで断ち切れよ!
近隣住民が直接注意という方法もあるだろうが、あまり良いイメージを持っていなければ正直こういうことで学会に関わるということは抵抗があると思う。創価学会というだけで、人を畏怖させる威力があるなんて、どういう宗教団体だろうか。
注意したらブチ切れられたとか聞く話だが、注意してブチ切れられるのは、学会だけではないけれど。例えば、深夜コンビニ前で騒ぐ、自分たちが一番正しいとか思ってそうなお馬鹿さんっぽい若者とかね。………ん?
それに興奮状態の人間に注意することほど危険なことはない。近隣住民が注意にかこつけて創価学会を悪く言えばもめ事にも発展するだろう。
ならばやはり、学会員自身が気を付けるほかはないのだ。
ぶっちゃけなくても、創価学会のイメージは悪い。それは残念ながら自らが巻いた種でもあると思う。
無論、マナーを守る良識ある学会員の方々がいるのはわかっている。
だが、悪しき行為は、そういう人々の努力を簡単に無駄にするのである。
「良識が味方を作る」ってさあ。名誉会長って面白いことおっしゃいますねえ。今更、手遅れでしょう。ついでにそれ選挙の前にももっと大々的に言ったら?

日曜にEZ!TVを見ていたら、北朝鮮特集だった。
孤児達が北朝鮮軍人相手に歌を歌い、お金をせびっていたのだが、その歌の歌詞は、
「将軍様の懐は 将軍様の懐は 永遠に私の人生観」
……………ん?


-----------
私が飲んでいる薬の副作用で、血栓症になる可能性があるらしい。
エコノミークラス症候群である。
ずっと同じ姿勢で座っているという仕事中はさながら飛行機の座席状態。
JALのサイトの注意事項の通りに、机の下で足を運動させている。
高原選手と病気がお揃いになっても嬉しくないね?。
うー早く服用期間終われ?。
誰?今、仏罰なんて言った奴!

どんを褒めてみよう

今日はいつもと違う内容。
いつも面白がっているけれど、たまには褒めておかないと、ネットの世界での「どん」像がただの「面白学会員」になってしまう。ほら、まあ、言うても新婚やし

顔は、良くも悪くもない。でも私のお友達のゲイの皆さんは「可愛い!」と大絶賛。(みんな、ありがとう。でもこの人ノンケだから、あなた達には渡さなくってよ!)
性格、温厚。真面目。優しい。面倒見がいい。人当たりが柔らか。仕事の取引先の信頼も厚く、創価・非創価かかわらず友人が多い。ウチの両親・親戚にも受けがいい。
私のために、いろいろと気を遣ってくれるし大事にしてくれる。
男性だから女性だからという押しつけもしない。
家事労働に対する抵抗は全くないらしく、またフリーランスで自宅で働いているため、空いた時間に家事をしてくれるため(料理は出来ないが)、残業の多い私としては大変助かる。
ねえ。もうね、非の付け所のない夫ですよ。ほんと。私にはもったいないくらいで。
忘れっぽいのと、すぐにふざけるのと、間が抜けているのは、まあご愛敬で。

でも、まあ、創価学会員ですけどね。
創価学会員でたまに創価スイッチが入るというのが最大かつ最強の欠点。

………………………美味しい話には裏があるってな。
無論、その「欠点」以外は申し分のない男で、「欠点」を承知の上で私がプロポーズして結婚したわけだ。
その時は相手が学会員であるということが悩みではあったが、悲壮感はなかった。
では、アンチ創価の私がどんを冷静に観察できるようになったきっかけというのを。
小栗左多里さん著の「ダーリンは外国人」という本を読んだときのこと。
そんで思った。
「あ、どんは外国人だ」
外国人だと思えば、その国の宗教を信仰していてもなんら不思議はない。
強引にそういう結論に持ってきてみたら、結構ラクだった。
だから「コツは諦めること」って言ったのさ。
散々ブログでも書いたが、違う価値観を持って生きてきて出会った二人だ。
夫婦二人で並んで歩いていても、無理して同じことをする必要もないし、無理して同じものを信じる必要もない。
尊重するというとなんだか嘘くさいが、違っていて当たり前。

最愛の夫が相手でも私は創価学会は大嫌い。
ジブン、アンチですから。
そんでもって、どんはというと、私のアンチっぷりをたいして気にもしていないようで、我が道を行っている。(そっちもタチが悪いが、折伏しないだけマシ)
そんなこんなで、上手くやっている。
ってか二人とも変人?
と、たまに思う。
創価学会嫌いな私と、学会員で活動家のどんと、全然違う二人だけど、それでも私達は愛し合っている。


ところで、何故、私が学会が嫌いかというと。
どんと出会う以前にもいろいろ嫌な思いもしてきたが。
理屈じゃない。
全てを。創価学会のその全てを、
私の美意識が拒否する。


……これね、結構使えますよ。
返す言葉、なくしますから。
突然「美意識」とか言われたら、返しようがないですから。びっくりですよ。
それでも人の美意識まで文句つけてきたら、そりゃもう価値観の押しつけですから。
押しつけるほうが無粋ってな話ですよ。
どんと「何故創価が嫌か」という話で論戦になった時、この一言で、ねじ伏せました。
まあ、いちいち論じるのが面倒になってブチ切れて叫んだ一言ですが。
どんは「そりゃ、もう仕方ないよねえ」と笑っていました。

全ての学会員さんに効くかどうか分からないけれど、試してみる価値はあるかも。

次のプログからは、いつもの私。
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ども。

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いつも見てくださる方、ありがとうございます。
初めましての方も、いらっしゃいませ。

まあ、こんなヘタレアンチのブログのアドレスをですね、某大型掲示板某板に貼った方がいたらしく(某って言っても隠してないですね…)、http://ime.nuからのアクセスが増える増える。鰻のぼり。ちなみに断じて自演ではない。
で。最初にアドレス貼られていたのは何故か創価・公明板ではなく。
激しくスレ違いどころか板違いですよう。
いや、別に創価・公明板に貼って欲しいわけではない。そりゃ、http://ime.nuからのアクセスが増えたとき、「誰じゃゴルァ」とちょっとはりきって探したのは創価・公明板だったが。(でも実はネットヲチ板「痛いブログ」系スレだったら嫌だなあと思ってた)
アドレスが貼られた板のそのスレはこんなヘタレブログが晒されるにはもったいないほどの、すごくちゃんとした議論のなされているスレだった。
さらにアドレスは他の掲示板の創価系スレにも転載され、そこも匿名ながらちゃんと議論されてるところで。(ただ、さっきちゃんと読んだら創価対非創価になると噛み合ってないといういつもの構図が…)
うへー…恐縮です。

ととととりあえず、いらっしゃいませ。
面白いかどうかはわかりませんが、創価学会という異文化世界の住人である学会員の夫を観察し茶化しつつ(一応、夫の了承を得てます。でも見せたりはしていません。無検閲w)日々を綴っております。
特に脱会させようとは今のとこ思ってなくて(ヘタレな私じゃ無理)、それどころか最愛の夫の創価学会員っぷりをちょっと面白がってる節もある不謹慎なブログです。
ああああの、お手柔らかにお願いします。
気に入られましたら、これからもご贔屓に。
ああ、しかしびっくりしたなあ。

その某大型掲示板某板の方に話題にのぼってました、宗教法人への課税についての、僭越ながら私めのコメントはですね。
どうぞどうぞ、創価学会からがっぽり取っていってください。
絢爛豪華(私の美的センスからいくと悪趣味)な会館が全国に建設され、幹部会長名誉会長オンステージ(言い過ぎました。大会同時中継だそうです)のための衛星中継用のアンテナが施設内にドカンとそびえ立ち、外見だけ見てるぶんにはとっても景気が良さそうです。羨ましいことです。
創価学会というところは「財務(布施)というものは金のあるところから取るべき」とのことで、生活保護を受けているような学会員さんからは財務を取らない・無理させないかわりに大企業上層部の学会員さんからいっぱいとるんだよと、どんも申しておりましたし、弱いところから吸い取ったわけではないということでしょうから、営利行為だけとはいわず、どんどん課税して、遠慮なく、もう遠慮なく、取っていってもよろしいかと思います。
大きな組織だから維持や運営に金がかかるとおっしゃるかもしれませんが、創価班やら牙城会やら白蓮会やら、ボランティアで地区運営に当たられる優秀な学会員が勢揃いとのことですから、なんとかなるのではないかと思います。
なにより、一心に題目をあげられれば、願いは叶う、良い方向へ動いていくと常日頃から学会員の皆さまがおっしゃるということなので、金なぞなくても学会員の皆さまが心を込めて題目をおあげになればそれだけで万事OKでございます。上手くいかなければ、皆さまの信心が足りないということで、創価の勝利を信じて一層の唱題に励まれればよろしいかと思います。
まあ、世界平和から生活者をカバーするグローバルでピースフルでワンダフルな創価学会様ですから、不景気という国家と生活者たる国民の未曾有の危機には自らを犠牲にして貢献してくださることと思います。

………すみません。
ちょっと嫌味を言いたかっただけ。
ボーナス、出たんですけど、まあ…元々少ないのにいろいろ引かれてさらに少なくて。
ちょっとやつあたってみた。エヘ。この不景気でボーナス出るだけでありがたいが。
税金は取れるところから取っていただくかわりに、不景気業種からはちょっと勘弁してほしいなあ、なんつってな。

毎日VS聖教

私はダラダラ書きすぎる。
簡潔にまとめること。これが当面の課題である。
出来るかな??(やれよ)

どんが聖教新聞を読んでいない。
朝、新聞をポストから回収するのは私の役目だ。
一般紙と聖教新聞をとっているが、ネタ探し以外は一般紙にしか用はないので、一般紙を読み、聖教新聞は捨てる仕舞う。
仕舞うといっても、隠すわけでもなく、マガジンラックに目に付くように入れておくだけなのだが。
実はマガジンラックに入れたその聖教新聞が読んでいる気配がない。
逆に一般紙は位置や向きがずれているので読んでいる気配がある。
夜、仕事から帰宅しても、仕舞った状態そのままでマガジンラックに入っている。
出したら出しっぱなしがモットーのどんである。
以前は、マガジンラックに仕舞っていても引っ張り出し、読んだ後は読みっぱなしでそのまま放置されていた。
今のどんの仕事は新聞を読む暇もないほど忙しいわけではない。
洗濯したり茶碗を洗ったり、いそいそと家事に勤しんでいる。
どんは仕事が忙しくなると家事をしないので、忙しさのバロメーターは家事度でわかる。
これって躍進する一般紙の勝利!!(聖教新聞風)って言っても輪転機は同じ毎日新聞。いや、くどいようだがウチの地方は以下略
まあ、一般紙と聖教新聞と、どちらが読み応えがあるかなんて、アンチでなくとも言わずもがなではあるが。
「最近、新聞読んでる?」
と聞くと、
「忙しいから読んでない」
という返事。
んもう、隠さなくてもいいゾ。
毎日新聞は動いてるって言う物証はあがってるんだ。
一般紙のほうが面白いんだろ?吐け!
里のお母さんが泣いているゾ。(これは本当)

とかいって、マガジンラックに一般紙と聖教新聞、両方入れて置いたらどっちも読んでなかったりして。
え?もしかしてマガジンラックから新聞出すこと自体が面倒とか?
それってどうなの?
いやいやいやいやいや、面白かったらどこに仕舞っていようと読むはずだから、聖教新聞は、わざわざマガジンラックから取り出そうとは思わないほど面白くないということで。
と強引な結論を引っ張り出し、本日は終わります。

うーん、でも、アンチでもバリでもない人が聖教新聞を読むと、正直ドン引きだと思うのだが。
正直、創価学会に良いイメージは持たれないと思う。
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