マータイさんが聖火リレー不参加。

http://www.jiji.com/jc/c?g=int_30&k=2008041100099

学会に縁のある方が聖火リレー不参加という意思表明をされた。
リレー不参加の理由は「スーダンのダルフール地方、チベット、ミャンマーでの人権問題を提起している世界の他の人々に連帯を表明するため」。
「これら3カ国・地域での人権問題の改善に尽力するよう中国に圧力を掛けることが大切だ」ともおっしゃっている。
学会が賛同し行動を共にするのはマータイさんか、中国政府か。
市民・政治家限らず抗議運動が世界に広がっている現状で、この問題を無視するのは難しいと思う。
いずれにせよ胡錦濤国家主席から「会いたい日本の民間人のひとり」として名誉会長を指名されているのなら、なにかアクションを起こさなければならないだろう。
先日ネットで「学会側がチベット問題を批判し胡錦濤国家主席との対談を拒否した」という書き込みを見かけたが、ソースが示されていないので現時点では信用できない。
事実なら素晴らしいことであるし、意図的な火消しレスや釣りならくだらないとしか言いようがない。

学会は「平和と人権」「正義」を標榜してきたからこそ「この問題をどう扱うか」と注目されるのだし、さらに政治権力を持つ公明党、中国との繋がりを持つ学会だからこそ、「中国政府に何を言うのか」と注目される。
物申せる立場に無いとは思えない。
学会の言う「中日友好の絆」が何か言うことで壊れるなら、それまでの話。
そんな関係は友情とは言わない。
勲章と未来の布教そしてロビー活動と、単に利害関係でしかないということだろう。
胡錦濤国家主席と名誉会長が対談するのかしないのか、ネットの書き込みは本当なのか、しなかったとして理由を公表するのか、したとして何を言うのか内容は公表されるのか、現時点では分からない。
だが、世界的に中国政府のチベットへの対応に牽制や苦言が広がる中、あの天安門事件の直後にも中国政府に手を差し伸べてくれた学会までもが対談を拒否する、または「宗教弾圧・人権弾圧を止めよ」と苦言を呈することが、中国政府への揺さぶりになるのではないだろうか。
非力な私たちアンチを笑うのなら、お持ちの力を今こそ人権を守るために使い、私たちに見せつけてはいかがか。

学会以前の問題として、最も情けないのは日本政府。
完全に及び腰の姿勢。
そこまで中国政府のご機嫌を伺う必要があるのだろうか。
このまま日本政府が何も言わないということは、「既に中国政府に骨抜きにされてます」と公言しているようなものだと思うのだが。
報道協定がありながらも、あえて踏み込んで発言するマスコミも増えてきたというのに。
中国政府の機嫌を伺うあまり、日本として大事なものを捨てているような気がしてならない。



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すでにあちらこちらで紹介されていますが、このブログでも紹介します。

●アルピニスト 野口健さんのブログからチベットに関するエントリー。
まだ読んでいない方、学会員の方、是非読んでください。

北京オリンピック?チョモランマからの悲鳴?
http://blog.livedoor.jp/fuji8776/archives/51052579.html
チベット動乱?北京オリンピックの条件?
http://blog.livedoor.jp/fuji8776/archives/51052593.html

●関西のテレビ番組のチベット問題特集で、姫路にある天台宗の別格本山 圓教寺の僧侶の方がチベットについて宗教者の立場から発言されています。
発言についての私個人の感想やコメントは書きません。
読まれる方のそれぞれの立場で、感じていただければと思います。

http://jp.youtube.com/watch?v=d9ocolmnyoA
http://jp.youtube.com/watch?v=71A9OV2nWcg

今、私たち日本の仏教者の真価が問われています。
チベットでの中国の武力行動によって、宗教の自由が失われることに心から悲しみと、止むに止まれぬ抗議を表明せずにはいられません。
私たちはあくまでも宗教者、仏教者として、僧侶をはじめとするチベット人の苦しみを、もはや黙って見過ごすことができません。
チベット仏教の宗教的伝統を、チベット人の自由な意思で守るということが、大切な基本です。
皆さんは、日本の全国のお坊さんがどうしているのかとお思いでしょう。
日本の各宗派、教団は日中国交回復のあと、中国各地でご縁のある寺院の復興に力を注いできました。
私も中国の寺院の復興に携わりました。
しかし、中国の寺院との交流は全て北京を通さずにはできません。
ほとんど自由はなかった。
これからもそうだと、全国のほとんどの僧侶は知っています。
そして、日本の仏教教団がダライ・ラマ法王と交流することを、北京は不快に思うこともよく知られています。
あくまでも、宗教の自由の問題こそ重大であると、私は考えています。
しかし、チベットの事件以来、3週間以上が過ぎてなお、日本の仏教界に目立った行動は見られません。
中国仏教界が大切な友人であるなら、どうして何も言わない、しないで良いのでしょうか。
ダライ・ラマ法王を中心に仏教国としての歴史を重ねてきたチベットが、今、なくなろうとしています。
私たちは宗教者、仏教者として、草の根から声を挙げていかなければなりません。
しかし、私の所属する宗派が、中国の仏教界関係者から抗議を受けて、私はお叱りを受ける可能性が高いでしょう。
このように申し上げるのは、私たちと行動を共にしましょうということではないのです。
それぞれのご住職、檀信徒の皆さんが、これをきっかけに自ら考えていただきたいのです。
オリンピックにあわせて、中国の交流のある寺院に参拝予定の僧侶もいらっしゃるでしょう。
この情勢の中、中国でどんなお話をされるのでしょう。
もしも宗教者として毅然とした態度で臨めないならば、私たちはこれから、信者さん、檀家さんにどのようなことを説いていけるのでしょうか。
私たちにとってこれが宗教者、仏教者であるための最後の機会かもしれません。

書写山 圓教寺 執事長 大樹 玄承
平成20年4月5日