仕事&どんが家にいる(有り難い!)で、時間的に内容が充実したものが書けるかどうか難しい状況にいる。
ブログ前半期を見ると、(自分にしては)考えた内容&長文で、もっと気軽な文章にすれば良かったのに自らハードルを上げた自分のバカバカと思ったりもするが、それだけ一生懸命書いた拙文を読んでくださる方々がいたからこその今のブログがあるわけで。
ブログを書くことを勧めたのは他でもない夫のどんだったが、ブログが夫婦間にも良い作用をもたらし状況を好転させたのもまた、ブログを介しての書き手と読み手の呼応があったからこそ。
書いていくことは大変だが、とても有り難く思っています。
質の維持が出来るかどうかは分からないのですが、出来る範囲で続けていきますので(気持ちだけは過分に)のんびりお付き合いください。

随分遅いネタで恐縮ですが。
昨年11/1の聖教新聞の罵倒座談会は「議員とその家族に模範となれ」と言うものだった。
「『議員の家族にばかり厳しく言うのか』という愚痴をこぼす家族は真剣に戦っていない」主旨や「家族も学会員なのに座談会や会合に出ない、新聞を読んでいない」主旨のことも書かれていた。
さて。
議員の給与は税金で支払われている故に、世間様から厳しい目で見られているということは分かる。
支持団体たる創価学会の力で議員になったわけだし、学会から議員家族に対しても同様だろう。
だが、この記事を読んで、学会員ではない私が感じた嫌悪感がある。
相変わらずの上から目線なのは「権力者や政治を厳しい目で見る良民(プッw)たる自分たち」という、いつもの自己陶酔系の表現なので、「創価学会だって今や立派に権力団体でしょww」とだけ書いてそれは放っておくとして。
家族の行動まで難癖をつけるのはどうなんだろうか。
座談会・会合に来ない、聖教新聞を読まないなどは、個人の思想や行動の自由の範疇になるのではないのか。
議員の子どもの学会二世・三世の立場になれば尚更。
宗教を選ぶ自由が無かった上に、親が議員だと言うだけで行動を厳しくチェックされ、学会活動に出るように促される。
果たしてそこまでされる・言われる必要があるのだろうか。
(バリ活になってしまって、周囲に害悪をまき散らしながら学会道を邁進する二世三世もいるだろうから、そういう人々にまで思いを馳せようとは思わないが、少なくとも「宗教を選ぶ自由が元々無かった」一点から現在の姿があるということに対しては気の毒だと思う)
学会側に立って言えば、「選挙に勝たせてやった=元は税金の議員の給与で生活している家族にも厳しく行くゼ!」ということなのだろう。
確かに、給与の財源は税金だが、給与は労働の対価。
高い安いの議論はさておくとしても、何もせずに大金を手にしているわけではない。
いわゆるオイシイ思いをする議員もいるだろうし、不正を働く議員もいる。
政務調査費の問題の渦中に公明党議員もいた。
そういう事件があるから厳しい目を向けられることは仕方がないし、私にも疑う気持ちはある。
罵倒座談会が取り上げている「態度が尊大な議員・家族」もいるのだろうから、そこは厳しくしていかなければならないとは思う。
それは何も公明党に限ったことではないが。
だからといって、全ての議員・家族がそういう態度なわけではない。
当人は普通にしていても、周囲の学会員が当人の態度を過剰に厳しくジャッジして「偉そうに!」と吹聴している場合も多々あるはずだ。
模範となれ、律しろ、戒めよと一見道義的なことを書いていながら、議員家族の個人の思想に関わる行動にまで言及し、活動をしないこと新聞を読まないことを機関紙で糾弾するのはやはり、大きな違和感がある。
国が保障する個人の思想言論の自由を制限しようとしていること、どうしてそこに想像が及ばないのだろうと、不思議で仕方がない。
議員家族、特に子どもの立場では、親の扶養に入っているうちは何かと言われるだろうが、成人し、職を持ち、自立すれば晴れてアレコレ言われる立場を脱することが出来る。
公明党議員の子どもが学会を退会しても、自民党議員の子どもが民主党支持者になっても、共産党議員の子どもが自民党を支持しても、自由なはず。
議員たる親の体面上は不都合ではあるけれど、最終的には個人の自由は保障されてしかるべきではと思うのだ。

ところで、税金で給与を得る議員に似た立場の人間達が、他にもいる。
学会員の財務から給与を得る立場の専従の幹部や職員の学会員である。
議員同様、学会員から厳しい目を常に注がれる存在である。
その代表がいわば罵倒座談会のメンバー。
議員とその家族に対する座談会における発言はそのまま、彼らの身に返ること。
彼らを含む学会専従者達に当てはまってしまう。
模範だなんだと上から目線で言っているけれど案外、「俺らだっていろいろ言われて我慢してるんだから、そっちだって我慢しろよ!」というのが本音だったりして。

もちろん、私はどこぞの罵倒座談会とは違うので、学会専従者の家族に対しても議員家族に対する視線同様に、過剰に厳しい目を向けろとは思わない。
財源が財務とはいえ労働の対価であり、家族にも個人の思想や行動が保障されているのは議員と同様だと思っている。
専従幹部の子どもが学会を退会する自由だってある。
公明党議員の子どもや専従幹部の子どもが「学会のおかしさに気付いてしまった」場合、一般の学会員以上の苦しみはあるだろう。
親の職業を考えればとても難しいことは承知だし、この罵倒座談会のように行動や言動、態度にアレコレ言う学会員がいるだろう。
それでもあなたのその手に「自由に生きる権利」があることを忘れないで欲しいと思う。