木根バラ、という言葉がある。
TM NETWORKの木根さんが作るバラードのこと。
TM NETWORKファンだけに通じる言葉である。
シンセサイザーを駆使したアップテンポの音楽の担い手がTM NETWORKのパブリックイメージでもあるが、実はバラードにも名曲は多い。
その木根バラを含む、TM NETWORKの音楽と、私はかけがえのない10代を共に過ごした。

先日の記事でもちらっと触れているが、学会の新しいビデオにはTM NETWORKの木根さんがフューチャーされている。
着任でバタバタと会館を駆け回っていたどんが、会合で流されていたビデオを見たらしい。
「…見たい?」
ニヤニヤニヤニヤしながら報告するどんにガン飛ばす。
中学生からTM NETWORKファンなアンチ創価な私には、そのネタはちと辛い。
木根さんが学会員で宇都宮さんが未活学会員というのは、大人になってから知った。
何故、それを知ったかは忘れてしまったが、多分ネットか何かだと思う。
その時の私のショックを、どう表現していいのか私は分からない。
どんが学会員だったと知った時のショックと同等だった。
何も知らずに10数年ファンでいた、ということがとても複雑な心情にさせられた。
私の人生に迷惑な感じで存在していた学会と、ずっと好きだったミュージシャンが、実は関わりがあった。
嫌いになりたいのに、嫌いになれない、楽しく音楽を聴きたいけれど、ふっと学会のことが頭を掠める。
良い音楽と、その人がどういう宗教に入っているかは別問題だと割り切ろうにも割り切れない。

複雑な気持ちをさらに複雑にさせる出来事があった。
去年か一昨年だったか、聖教新聞に木根さんが出ていた。
そこに木根さんが名誉会長から「CDが売れることが君の広宣流布だね」と言われたとの記述があった。
ああ、このCDの全部が、木根さんにとっての広宣流布で、私はそれを買ってしまった。
ずっと好きで聞いてきた。10代の私と一緒に、この音楽があったのに。
それを名誉会長は「広宣流布」だと称した。
知らないままでいたかった。その記事を読まなければ良かったと、悔いた。
学会員という情報止まりだったら、まだ割り切れたものを。
木根さんが学会員だったと知った時よりも、その言葉のほうがショックだった。
「CDが売れることが君の広宣流布だね」という言葉は、割り切れないところまで持っていってしまった。
何も考えないで、大好きなTMの音楽を聞いていた頃にはもう戻れない。
私がCDを買い、音楽を聴くことが、「広宣流布」だとまで言われてしまったら、 もう純粋には楽しめない。

良い音楽は良い音楽だと、割り切ろうとはしている。
今でも聞いているし、好きな曲ばかりだ。
だが、その名誉会長の言葉は、私を複雑な気持ちにさせる。

私のこの気持ちは、多分「芸能人の●○も学会員でぇ」と言い広めるような学会員さんにはきっと理解できないと思う。
こういうファンもいるので、実際のところ、宗教に入っているということは公にはしたくない芸能人や事務所・レコード会社もいると思うのだが、口には戸を立てられぬ。
何せ「芸能人の●○も学会員で」は芸能人と同じ宗教をしているという優越感に浸らせ、自分のしている宗教に付加価値が付く言葉なのだから。芸能人の名を出すことで信用度も増し折伏にも好都合というものだ。
…優越感に浸れて付加価値がついて信用度が増すと思っているのはあちら側だけで、言われた方が微妙な気分になっていることには気づかないのだろうと思うけれど。
芸能人の誰が学会員なんて、本当は知らなくても良いことだ。
ファンや視聴者が見たい・知りたいのは、芸能人の「芸」であって「学会員」であることではない。
ましてや、生活の中で選挙で、何かと迷惑をかけられる宗教である。

世の中には、知りたくないことや、知らなくても良いこともある。