上の続き

後に、どんはその時のことを「怖かった」と表現している。
離婚されるかもしれないという感覚が現実味を帯びて感じられたと言う。
そして、ここまで私を激昂させた原因が自分だと言うことと、私が激昂する姿が、
ひたすら怖かったと。

どんは態度で実行した。
依頼されていた役職を本当に断ったのだ。
どんは今度こそ約束を守った。
上からの「今、もう少し頑張ってもらって云々」という説得を耳には入れなかった。
相手とて、どんの気持ちや立場は分かっている様子ではあったが、それでも「そうですか」とは言えない立場らしい。
組織運営のために犠牲になる人間は必要なのだろう。
最初の面接日は「受けられません」と答えて休んだ。
「この一年、十分に組織に貢献した。誰に後ろ指差される覚えはないし、今以上を求められても困る」
もともと、どんは自分のキャパを越える活動の量をこなしていた。既に生活や仕事に悪影響を及ぼしていた。
どうにかしようと思いながらズルズルと続けていて、ついに私がキレた。
時期はちょうど人事の時期だった。
タイミングは上手く整っていた。
必要なのは、どんの勇気と粘りだけだった。
一方的に指定された面接予備日は、もう連絡さえせずに休んだ。
一年間勤めた役職は任期が来て、引継に移行していた。
どんに宛われるはずだったポストは空席のまま。
年が明けてしばらくは、引継や前職で手配した着任の関係でバタバタしていたが、春の足音が聞こえ始めた頃にはもう、補佐とは名ばかりの、実務のない結婚前からの役職だけがどんの手元に残り、月に一度か二度着任があるだけのただの創価班になった。

空席のポストがあるのに、運営が回っている。
そもそも、それで運営が回るのなら、最初からそのポストは必要なかったのではないかと思う。
なんとか長だなんだと役職は多くあるが、結局は組織に縛り付けるためのものでしかないのかもしれない。
おそらく何人かがそのポストの仕事を分担してやっているのだろう。
その人達は大変かもしれないが、嫌なら逃れればいい。
冷たいと言われても、私は私とどんの人生を守るほうが大事だ。
強引にでも、どんは役職を逃れることができたのだ。
逃れられるのに逃れないのは、その人達の問題だと思う。
無報酬にもかかわらず、信仰心と責任を無理矢理絡めた役職は、本当は何の拘束力もない。
なきゃないで、どうとでもなるし、どうにでもならなきゃ、組織ごと無くなってしまえばいい。
縛り付けられてるとは思わせないようにして誰かを縛り付けて、無理させて回していく組織なんて、存在自体に無理がある。

今、どんは伸び伸びと暮らしている。
気持ちも体調も、私もどんも随分落ち着いた。
平日の夜中に呼び出されることもなくなった。
月のほとんどの週末が着任で潰れ、学会の予定に追われるように過ごしていた去年からは想像できなかった穏やかな生活である。
役職を逃れたことは結局、どんのためにもなった。
「…自分の感情に忠実に生きて良いって、結婚してから思うようになった」
そう言ったあの雪の日から、時は過ぎて花の実が膨らむ今。
どんは嬉しそうに笑い、じっくり仕事に取り組み、美味そうに飯を食べる。
いろんなところに出かけ、プラモデルに熱中し、昔のレコードを聴いている。
何冊も本を読み、映画のビデオを見る。喧嘩もする。
一人の時間も、私との時間も、いつでもどんは楽しそうだ。
仏壇に向かうのは変わらないどんの日課だし、相変わらず頓珍漢な学会思考を披露することもあるが、しかし。
付き合い始めた頃のどんと、結婚した一年半前のどんと、今のどんは、明らかに違う。
「人生の優先順位を考える、NOと言える勇気を持つ」
仏壇の中に貼ってある紙に書かれた言葉が、波乱の一年半の末、どんの出した答えだ。