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上記イラストは元旦の夜の出来事である。
娘と婿を前に上機嫌で晩酌する華父。
娘はうとうとと夢と現実の行き来していて、婿も父と昔の車の話なんぞをしている。
そこに突如殴り込みをかける例のCM。
創価?学会?♪
このCMが曲者で、タイミングを狙ったのように流れる。
狙ったというよりも、見てるだろ?というタイミングで流れる。
以前もどんと学会のことで喧嘩をしている最中にテレビから流れ、それが起爆剤となり私が「舐めとんのかこのボケが!」とキレたことがある。
このようにCMのタイミングの良さ(悪さ)が末端の学会員(どん)に直に被害が与えられることになるので、このCMは流さない方が良い。
さておき、新年早々、流しやがったこのCM。

(1)とっさに本格的に寝たふりをする娘(胃の中が嫌な感じになる)。
(2)日頃、娘夫婦間で起こっていることを何も知らない舅を前に、妙に気まずくなる婿。
(3)何も考えていないように見える父。
(番外)風呂で鼻歌を歌う母。

番外はさておき、三者三様のリアクションの後、テレビは何事もなかったように普段のCMを流していく。
CMがあけて正月特番も30分ばかし過ぎた所で、わざとらしく目を覚ましたフリをする私。

私の家では、学会のことはタブーである。タブーというほどでもないが、話題に上ることもない。
父方・母方の親族それぞれに学会に嫌な思いをしていることもあり、どんが学会員であることは私の両親・兄弟しか知らないことだ。
両親も学会に良い印象はなく、それでも「信仰や選挙などで迷惑をかけてもらっては困るが、それをしないなら信教の自由なので学会は婿殿の領分」と言い置き、どんもそれを守っている。
だが、確かに私の実家には迷惑はかけていないが、ご存じの通りはい。はいはい。私。私、私。
覚悟して結婚したのは私なので、どんと私の家の中で好き放題かます学会問題を、私は一度も両親に愚痴ったことはない。
昔の自分では考えられないことなんですよ(どれだけヘタレだったかって話です)。
だから両親は何も知らない。
両親は、「優しい夫と姑と舅(※母が姑舅小姑に苦労しているため)に恵まれ、華は幸せだ、ああ良かった」と、常々言っている。
まあ、それも間違いではない。間違いではないのだが、今は本当のことを知らせることもない。
知らせたところで「大人なんだから自分で責任取りなさい」(思い返せば「自立と責任」が子育てテーマだった)と言うのが目に見えてもいるが。
ただ、一度だけ母が言ったことがある。
「あまり熱心だとね…」
母の危惧通りではあるが、危惧通りではない。
妄信ではないが、活動家ではある。幸いにその活動もこの先はどうなるかも判らないけれど。
私の祖父(華母の父)は早くに亡くなっているのだが、その際に「熱心な」学会員が、未亡人となった祖母に度を越した折伏をかましたらしい。おそらくは祖父が亡くなったことに漬け込んだのだろう。丁度、昭和30年代。「折伏大行進」と呼ばれる大折伏運動が起こった時期である。
母は、学会に不信感は強い。
「熱心な学会員は非常識なことをする」ということを、母は目の前で見ている。
どんを気に入り「婿殿の人柄なら大丈夫」と信じているものの、どんを信じても学会は信じてなどいない。
もしも私たち夫婦が抱えている問題を告げた時、「大人なんだから自分で責任取りなさい」と言いつつも、取り乱すのは母のほうだろう。
祖母は今でも、創価学会が嫌いだ。
祖母には絶対にどんが学会員であること言ってはならない・悟らせてはならないという母との約束がある。

どんの方の両親はどうだろうか。
宗教に対して哲学的な興味でもあったのか宗教を転々とし学会員だったこともある舅を尻目に、姑は淡々と自分のペースを守り続けてきた。
舅は宗門問題の際に学会から離れるが、それまで(今でも)姑は学会嫌いのアンチ妻だった。私の先輩である。
息子を折伏することに超難色を示したらしいが、成人を控えた息子の人生に口出しすることを結局は彼女は良しとはしなかった。
彼女が最初に確認したのは、息子の妻になる人間が学会員かどうかだったらしい。
学会員ではない、と判って安堵のため息をつくと同時に、どんに「学会のことで嫁に迷惑を絶対にかけないように」と釘を刺している。
どんと私の家の中の学会問題を、私は姑や舅にも話すつもりはない。
「あれは良くない」と宗門問題で学会から離れた舅と、それまで舅から学会関係の迷惑をおそらくは被っていただろう姑。
二人からはそれぞれ違った形で「学会のことで息子が嫁に何か迷惑をかけていなければいいが」と心配している気持ちを感じる。
しかし、「はい、迷惑かけられています」と老いた二人に伝えてなんの意味があるだろうか。

宗教の件において、どんは自分の実家でも妻の実家でも、完全アウェイである。
同時に、それぞれの実家が味方になるように見えて、それぞれの実家に迷惑や心配をかけるわけにはいかないという理由で、私も完全にアウェイなのである。

ここまで周囲に不安を与え続ける宗教もないと思う。
私の実家ではタブーに近い形で存在し、どんの実家では心配の種である。
学会がどうして周囲に不安を与えるのかは言わずもがなだが(言われないと判らない人・言われても判らない人は即刻退場)、この先も今以上に受け入れられることもないような気がする。
親子二代、三代に渡る苦しみは根深い。
学会は昔とは違うと言われても、それぞれの代で、やはりそれぞれ嫌な思いをしているのだ。
それでもそれぞれが出来る範囲で、学会という存在に気を遣っている。
私の実家では両親が婿であるどんに対し、どんの実家では姑が舅とどんに対し。
それを学会が無理解日本とは厚顔無恥も甚だしい。
出来る範囲で尊重しているにもかかわらず。
学会は己を押し通し過ぎている。
尊重することを当然と捕らえ、価値観の違う他者を尊重してこなかったツケは大きい。
そのあまりにも尊大な思考が、「学会に尽くして当然」と学会員当事者をも蝕んでいるように思う。

ふと思う。
あの時、本当に「(3)何も考えていないように見える父。」だったのだろうか。
多少、無神経なところがある母が、その場にいたら、何か言っただろうか。