うちは都民ではないので、関係ないと思っていたら。
いやいや、他の方の話を聞いたらそうでもないらしい。
選挙応援よろしく行脚とか(応援に来てくださいとか、祈ってくださいとか)、選挙区外でもいろいろあるらしい。
にしては、うちのどんはいつもと変わらず、せっせと仕事をしている。忙しいらしく、活動も抑えている様子。
不思議に思い、聞いてみる。
「お前さん、都議選は?何かしてるの?」
「してるよ」
してやがったか。
「何してるの?」
「ん?電話でお願い。東京にいる学生時代の友達に」
「出た!選挙期間だけお友達!」
思わず発した一言に、どんがプウッとふくれて意義を申し立てた。
「違うよ!いつも友達だよ!」
「じゃあ、お前さん、選挙がなくても『元気??』って電話するのか?」
「してるよ」
「嘘つき。どんはメールも電話も嫌いなのに。そんなことするわけないじゃん。見たことないよ。世間話目的で電話してるとこ」
「……………うう」
お友達に不愉快な思いさせるんだから、辞めなよそういうの
まあ、聞けよ。
と前置いて、話し出したのは、私の体験談。
もちろん、このブログでも選挙期間中に「久しぶり?」と電話、ケーキ持参で登場、「選挙誰に入れる?私、公明党応援してるんだけど」、やられた?この人創価学会員だったのね?、私に会いたいと思ってくれたんじゃないのね?、票にしか見えないのね?、このケーキ選挙法違反じゃないの?、という話。
だけではなくて。
怪しげなエステやネットワークビジネス。
卒業して以来会っていない友達は、おかしな物を抱えて「久しぶり?」と電話してくる。
「実はね」と切り出す。
友達に頼らなければならないほど、追いつめられた状況で勧誘しているのだろうか。
過去に幾度かあった、そういう電話。妙にしつこく誘い出そうとする友達に『迷惑。友達を無くしたいの?』と、冷たく言い放つ。途端、言いよどむ電話の向こうの友達。
有難い事に、私はいい人(人が良い?騙しやすい?)と思われていたらしい。だから誘いにも乗ってくれるはず、そう思われていたらしい。
でも、それは同級生だった頃の私で、今の私ではない。
どの友達も、しばらくして辞めてしまった。エステも、ネットワークビジネスも。
そんなすぐに辞めてしまうような怪しげな物をしつこく勧誘してきた時点で、電話の相手とは友達ですらない。

「と、そういうわけでね。そう思われているかもしれないねえ、お友達に
「でも、普通に『久しぶり?』って反応してくれるよ。それに俺、しつこくしないし。嫌だって言われたらすぐ退くし」
「ま、心の中までは電話じゃわからないだろうけど」
「う」
どん君からの電話は選挙の風物詩なんて思われて、あしらわれてるんじゃあないの?
「むぅ!なんだよ!」
意地悪に言ってやったので、なんだよ?とブリッコで怒った真似をするどん。可愛くない。ちっとも可愛くない。お前さんはいくつだ。
まあ、「一応、お願いするけど、しつこくは言わない」とは言っているどんだから、それでも全創価学会員対向選挙活動迷惑度ランキングの下の方にはいるんだろうけれど(いてくれ。むしろランク外に行ってくれ)。
どの程度なのか、実際に電話をしているところを見てはいないので、なんともいえない(オソロシイ!)。
まあ、自称しつこくはない、だし、学生時代もそこそこ人気あったようだし、「またか、仕方がないな?」くらいで、思いっきり迷惑がられることはないのだろうけれど(そうあってほしい)。
いやいや、自分の夫が妄信か常識的か、探りをいれるのはスリリングですな。イヒヒ。
まあ、妄信じゃないから結婚生活やっていけてるわけだが。対外的な態度は分からないし。
でも、創価以外の友達も結構いるし、おかしな発言もしないし、大丈夫…多分。
複雑なアンチ妻心(違)

さておき。
どの党とて、選挙運動の際には電話でお願いというのは、よくある話。
付き合いで書かされた応援ハガキの電話を元に見ず知らずの運動員から電話がかかってお願いされるのと、「久しぶり?」と友達からかかってきて実は選挙でしたとお願いされるのと、どっちがマシかというとどっちも嫌なわけだが、心情的にはどちらかというと、友達からかかってきたほうが、私は嫌だ。そりゃ、連絡を取り合っていて、その付き合いの中で「もうじき選挙なんだけど」っていうやりとりがあるのは別の話。
滅多に会わない人が、選挙シーズンに電話をかけてきて、嬉しくて暫く話して「実は」なんて切り出された日にはやっぱり、投票依頼>親交で、票=昔の同級生・友達・知人なんだなと痛感して、非常に悲しい。
久しぶりに電話がかかって、投票をお願いされたからといって「よし入れるか」と思う人は、まずいないと思う。
久しぶりでウキウキした気持ちに水を差されて、がっかりするくらいだろうか。
「いいよ」と言う人もいるだろうが、本心ではなく社交辞令、事を荒立てない為の配慮である場合もあるだろう。
電話での依頼は、選挙運動の一環だから、それ自体は責められるものではないけれど。
電話の向こうにいるのが、親交ではなく得票のために同窓会名簿や卒業アルバムを利用してかけてきた昔の友達よりも、知らない他人の選挙運動員の方が、遙かにマシなのだ。

選挙は、戦いだ!とどこぞの新聞でも言っているが、勝利のために選挙運動に躍起になって、同窓会名簿片手に電話をかけまくって、訪問しまくって、人を悲しませるような頑張り方をすればするほど、公明党や創価学会の悪いイメージを与えることになってしまう。
まあ、勝利のためには周囲や昔の友達に不愉快な思いをさせることはいとわないのだろうから、頑張って戦い抜いて公明党と創価学会のイメージを下げ、友達を無くして欲しい。


そういえば、2ちゃんねるのどっかのスレッドで、
「創価な友達にお願いされたので、政党名に『創価学会』、候補者名に『池田大作』って書いて投票した。きっと友達も喜んでいるだろう。良いことをした日はビールが旨い!」
というブラックなレスがあったw
票がもったいないので、そういうことはやめましょうw


選挙って、各候補者の主張や公約をそれぞれ聞いて、自分で考えて選んで入れるもんじゃないかなと、やっぱり思う。
会社や組合や所属している団体の都合で、●●党に入れてくれっていうのも、違うと
思う。
どうして個人の政治への意思表示までも、所属する団体に決められなければならないのか。
そりゃ、所属する団体の利益は所属する個人の利益でもあるのだけれど。大事なのはそれだけではないだろう。
本当は、いくら支持母体でも、創価学会員だから公明党に入れる、公明党候補者のいないときは自民党にっていうのも、本当はおかしな話なのではないだろうか。
支持母体とはいえども、全創価学会員一致の意見ではないだろう。
そこに疑問を持たない人ばかりなのだろうか。
「いろいろな人がいる」という言葉は妄信学会員問題への常套句(逃げ口上)だが、ではいろんな考えを持って好きな候補者に投票する自由や、公明党の選挙運動をしない自由があっても良いと思うのだが。
学会員である以前に、選挙権のある日本国民なのだから、大事な一票を入れたい人に入れる自由はあると思うんだけどな。