「山崎拓氏衆院戦当選の裏には女の戦いが!」ってな感じで朝のワイドショーが特集していた。
民主党の平田候補者には田中真紀子氏(with菅原文太氏)、自民党の山崎候補者には公明党の浜四津敏子氏がそれぞれ応援演説に登場したということで。
創価学会の組織票が今回もガッツリ動いたと。
……だってさ、もうさ、真紀ちゃんも言ってるけどさ、山崎さん首相補佐官なんやし、ええやん、ここはさ、37歳の新人さんに譲ってさ……。まー元々は民主の古賀議員の経歴詐称が発端だし、候補者の知名度低いしで民主に分が悪いのはあるけどさ…じゃあせめて自民の若手とかさ……山崎さんじゃなくてもさ、後継者育てたほうが、良くね?
というよりも、エグイ女性スキャンダルで落選した山崎氏を応援できる浜四津氏と、支持できる創価学会女性学会員というのが、正直信じられない。

以前、雑誌に出ていた元愛人の告白を、うっかり読んでしまった私。
倫理も常識もぶっちぎり!官能小説家もびっくり!宇野元総理の女性スキャンダルも足下にも及ばない宇宙級の内容のエグさに我が人生史上最大の嫌悪感を持つと同時に、その一種のテロ並のアグレッシブな欲求をもっと別なことに生かせば日本が変わるのではないかと、ふとそんなことを考えてみたり。(山崎氏をボロクソに言ってますね私)
そんなわけで、握手するのも投票するのも、生理的に嫌だ!と私は思うのだが(…私は福岡の人ではないので関係ないが)。
公明党を「生活与党」というなら、エグ系スキャンダル付きの68歳大物政治家(しかも首相補佐官というポスト付き)よりも、弁護士で車椅子生活者の視点から政治に関わろうとする37歳新人の応援をする方が「生活」与党的ではあるが、生活「与党」でもあるので野党の応援をするわけもなく(そりゃそうです)。

山崎氏に自発的に入れたい人は別として、創価学会組織票の中には「本当は山崎さんに入れたくなかったなあ」という「後悔票」があったりはしないだろうか?
創価学会員だけど、こっそり、別の候補者に投票しちゃったりとか、ないだろうか?

今回、公明が推薦したのは「この人、ちょっとなあ」というタイプの候補者である。
既にポストと知名度(良くも悪くも)・権力を持ち、スキャンダルのおかげでクリーン度は限りなく低い。ポストもあるし中央の政権に関われるし、わざわざ選挙なんて出なくてもいいじゃんよ、議席のためなら自民若手に譲れよという感想さえ抱かせてしまったりする。長年の議員生活で実績はあるのだろうが、とてもオススメしにくいこの人のために、いつもの選挙運動のノリで組織票を集めなくてはならないのだ。(またしても山崎氏をボロクソに言ってますね私)
上記では「正直信じられない」と書いたが、トップダウンからの支持で応援しなければならない事がちょっと気の毒だったり、でもやっぱりこういう人の応援が出来ることが信じられなかったり。
「公明党が推薦しても、創価学会(特に)婦人部・女子部は嫌です」ってな反旗が翻ればスゴイのだが。
そういうことは出来ない構造なのも分かるし、波風立つからしようとも思わないのかもしれない。でも個人個人の感情は取りあえず置いといて、山崎氏を勝たすために手弁当で奔走することも福運に繋がると割り切れるのなら、やっぱり正直信じられない。
福運じゃなくて、国政に繋がるのである。いいのか?それで。
でも割り切れずに仕方なく選挙運動・投票した人、実は多いのではなかろうか。
だとしたら、何かおかしい。学会には嫌なものは嫌だと言える自由はないのか?
だって。だってさ。だってというより、そもそも。
支持母体はどちらかな?

いろいろニュースのログなどを調べていて、ここに至るまでにやっぱりゴタゴタがあったらしい。創価学会、特に女性学会員からも反発はあったようだ。婦人部に影響力のある浜四津氏の登場も応援演説兼女性学会員のなだめ対策だったという。
かつては批判の立場だった 山崎氏も学会に頭を下げたというし(必死ですね)。
結局、山崎氏は選挙に勝って議員に返り咲いた。
でも、これでいいのか?
国民個人の意志を反映させるはずの一票を、自民と公明の駆け引きやらなんやらの事情に捧げていいのか?
公明党議員を勝たせるために、なら道理は分かる(道理はね)。
でも、「あの」山崎氏ですよ?
郵政民営化の問題で、特定郵便局長会が平田氏についたものの、そもそも福岡は山崎氏の基盤。後援会もある。
それでも創価学会の組織票に頼らなければならないほど基盤が崩れているのかどうかはわからないけれど、かつて批判していた立場の人間が頭を下げてまで創価学会を頼っている。
しかし山崎氏は「選挙に勝つために」頭を下げているのであって、「創価学会が正しい」と思って頭を下げているわけではないことは、言わずとも分かっていることだと思うが。
かつて批判者だったことも含め、エグ系女性スキャンダルに反発するなら、最後まで押し通せば良かったのに。
婦人部のカリスマ浜四津氏の登場でも、なだめられちゃいけなかったんじゃないのか?
「浜四津さんがそこまで言うなら」と投票したのかもしれないけど、その一票は浜四津氏のための票ではなく、有権者個人の票なのだ。
そういうのも結局のところ思考停止の一種ではないだろうか。
それで「ああいう人」を勝たせてしまったわけだ。

「生理的に嫌だ」というのも私の主観だが、福岡の創価学会の皆さまも「生理的に好かん」と投票箱には違う名前を書いた紙を、なんてことなかっただろうか。
支持政党の公明ではなく、自民候補が危ないからと集票マシーンとしてあてにされること、本当は屈辱じゃないのだろうか。
……………本音は、どうですか。



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現在与党野党それぞれに問題を抱えており、正直「選びにくい」候補者ラインナップの選挙が続いている。
でも逆に、全ての人の考え方にピッタリ合う政党もありえないわけだが(一人一党状態になってしまう)。
難しいですね。選挙って。