朝、聖教新聞をチラリと見て、驚愕した。
かの「寸鉄」である。
ありえん、と思った。
いや、いつもありえん!と思うのだが、今日はいつも以上にありえん!と思った。
「世界から『170』の名誉博士号  人類希望の大英知  迫害日本は精神後進国」
               1/25付 聖教新聞「寸鉄」より

「精神後進国」というのは差別用語の部類に入ると思う。
かつて「先進国」に対して「後進国」という呼び方があった。しかし、あまりに後ろ向きな呼び方で見下しているようにも捕らえられるということで「発展途上国」という呼び方になった。いや、それも微妙ではあるが、少なくとも「後進国」よりは前向きだし、「今、上り調子です!」という感じも受けるし、……と、まあご存知の通り、「後進国」という言葉自体は使わないわけだが。
「迫害日本は精神後進国」ですか。へぇぇぇ?
そうですか、そうですか。非学会員は学会員に比べて精神が遅れているんですか。へぇぇぇぇ。
日本に住んでおきながら、そういうことをおっしゃると?
だったら、褒めてくれる外国に出ていけば?
でもその例えって、精神疾患のある方への差別とも受け取られるのではないだろうか?
平和の宗教だか人権の宗教だかが、聞いて呆れる。あまりに自分本位な書き方だ。
しかもこれ、「一部の学会員」が言った言葉ではなく、創価学会の機関紙の発表記事である。
ありえん。いや、むしろ。
さすがは聖教新聞様、創価学会様である。

「迫害」とは、ずいぶん大層な言葉だ。
国家によって弾圧を受けた訳じゃあるまいし、いや、その公明党という形で国家の一端を担うのは創価学会員である。
「迫害」というのは、キリシタンを取り締まり処刑したかつての江戸幕府の行為を言うのである。後からやってきたくせに北アメリカ南アメリカの先住民を排除し、財を奪い、絶滅させ、あるいは居住区に押し込めた、かつてのヨーロッパの国々の行為を言うのである。アフリカから黒人を奴隷として拉致し売りさばき未だに黒人を差別しつづけるアメリカの行為を言うのである。チベットを蹂躙し文化大革命を推進し文化や芸術や表現の自由を奪ったかつての中国の行為を言うのである。強制収容所に送られ毒ガスで殺されたユダヤ人に対するかつてのドイツの行為を言うのである。病気への無理解からハンセン病患者を隔離し断種まで敢行した日本政府の行為を言うのである。他にも…と挙げればきりがない。
機関紙で好き放題言い放ち、政界まで進出し与党になり、憲法で信仰の自由まで保障されている宗教団体が「迫害」とは思い上がりも甚だしい。
戦時中は初代・二代会長が投獄されたという。しかし、それは過去の話。
今現在、自由な日本で自由を謳歌しているのに迫害などと、気安く使わないでいただきたい。
実際に迫害を受けた人に対して、失礼極まりない。

「迫害日本は精神後進国」という表現も第三者的である。当事者性が感じられない。
信仰は違えど、同じ日本人ではないのか?
私たちは信濃町の高見から見下ろされているのだろうか。

勲章や博士号にまつわる黒い話は、他のアンチサイトに任せるが、とりあえず「名誉博士号170」とは驚きだ。しかし、学会員以外、誰も知らない。むしろ興味のないことである。
聖教新聞を読まなかったら、名誉会長が勲章コレクションが趣味なことも名誉博士号マニアなことも、誰も知らないことだ。
日本人があれだけの数を勲章や名誉博士号を手にしていれば、他のメディアでも報道するだろう。
現実として、新聞にもニュースにも出ていない。
そういうことで、人を見下すのか?
海外からは勲章や博士号をもらっても、創価大を除く国内からはどうだろうか?褒章をもらったか?学会員以外から評価されたか?
「うちの名誉会長、こんだけ外国から名誉博士号もらったんだぜ!なのに、日本は遅れてるよな?、名誉会長に褒章も与えないで、迫害なんてして、妬んでんの?」
そう言っているようにも思える。

プッ。

ちょっとおかしくなってきた。
いや、寸鉄如きにこんなに怒ることもないだろう、私。

とりあえず迫害とは、何を差して迫害なのか。
世間に広がる創価学会バッシングのことだろうか。
それに対しての、よく創価学会は「正しい信仰に対する嫉妬」という意味の言葉を使う。(どんは『出る杭は打たれる』と表現している。……まあ、『出る杭』という表現そのものが「自分たちの正当性・優位性」を誇示していると思うのだが、打たれるのは迷惑行為に対してであると突っ込むと、「それもあるけどさあ」とブツブツ)バッシングの直接の原因たる強引な折伏や度を越した選挙活動、信仰にのめり込んだ故の非常識な振る舞いなどは、「一部の人がやっていること」で片づけて、さも自分たちは「正しい」と高見にたった物言いで「迫害日本は精神後進国」とは。
面白すぎです。さすがです。
無論、噂に尾びれ背びれがついたものもあるだろうし、ネットの普及もそれに拍車をかけていることは否めない。
火のないところには煙はたたずと申しますが。
…水掛け論になるのでそれには触れないでおくとして。

というか、「創価学会の正しい信仰に嫉妬して」る人なんて、いないと思うぞ。

「迫害されている」というカタルシスに浸っているのだろうか。
学会の迷惑行為に対するバッシングを「名誉会長のもと、迫害に立ち向かう私達」というヒロイズムにすり替えているのだろうか。

八百万の神というくらい、基本的には宗教に寛容な日本である(オウムショックが新興宗教懐疑論に繋がっていることは否定できないが)。
やり方さえ間違えなければ、大きなトラブルはなく多宗教が共存できるはずである。
それが出来ないのは、やり方がマズイとしかいいようがない。
やり方のマズさを棚に上げ、マズさが原因のバッシングを「日本に迫害される」と問題をすり替えるとは、見事。
寸鉄などはやり方のマズさの代表例ではないか。
自ら、首締めてる。絶対、締まってる。

寸鉄だけで、こんなに書けてしまった。
いやあ、毎日ネタ満載!さすがは寸鉄!

ちなみに、どんに寸鉄を見せてみた。
「あははははははははははは!何コレ、相変わらずすごいねえ、この被害者意識」
どんは寸鉄にバカウケしてました。
「まあね、寸鉄はそっとしておいてあげてよ」
どんは寸鉄を何故か哀れんでました。

学会員にも笑われる寸鉄!さすがは寸鉄!何故か哀れに思われる寸鉄!これでいいのか寸鉄!

……学会員から笑われて、聞けば学会員自身からも評判が悪いという寸鉄。すでに需要はないと思うのは私だけだろうか?

岩波国語辞典第五版
すんてつ 【寸鉄】
[1]小さい刃物。「身に―もおびず」(全然武器を持たない)
[2]短くて人の心に食い入る言葉。警句。「―人をさす」

確かに、違う意味で食い入りますね。もう釘付けです。釣られまくりです。

最近、どんが仕事が多忙で、あまり学会活動には顔を出していないので、なかなかフレッシュな現場の話題がない。
そんなときでも、寸鉄は、今一番ホットでロックな話題だと思う。(押尾学大先生風※)


とはいえ、「寸鉄」というのは特殊すぎてあまりにツッコミやすく、そこばかりをつくのはアンチ妻としてフェアではないが、でも、普段は「何言ってんだ」で流している寸鉄だが、恵まれた環境で「迫害」という言葉を安易に使うのは、許し難い、というのは正直な怒りだ。
 
※[押尾語録]参照
http://www.geocities.co.jp/MusicStar/5178/oshio.html
http://gffg56hge1.hp.infoseek.co.jp/sonota/osiogoroku.html